モーズレイ処方ガイドライン第14版(The Maudsley PrescribingGuidelines inPsychiatry 14thEdition)menu open

Chapter 7 Pregnancy and breastfeeding妊娠と授乳

妊娠中の薬剤の選択

妊娠において,「正常」な転帰を保証することは不可能である。妊娠が確認された場合,初期の自然流産率は10-20%,重大な自然奇形のリスクは2-3%(妊娠40件に約1件)である1

生活習慣は,妊娠転帰に重要な影響を及ぼす。妊娠中の喫煙,貧弱な食生活,飲酒は,胎児に有害な結果をもたらす可能性があることは十分に実証されている。妊娠前の肥満は神経管欠損のリスクを上昇させることが示唆されている[ボディマス指数(BMI)が標準範囲である女性に比べて,肥満女性では高用量の葉酸補給が必要と思われる2]。

また妊娠中の精神疾患への罹患は,先天奇形,死産および新生児死亡の独立した危険因子である3。周産期の精神疾患は,児が様々な負の転帰をたどるリスクに関連し,これらの多くは青年期後期まで持続する可能性がある4。感情障害,不安障害,摂食障害,その他の精神疾患は早産のリスクを高める5, 6。早産は成人してからのうつ病,双極性障害,統合失調症スペクトラム障害のリスクを高めることに留意しなければならない7

妊娠中の向精神薬の安全性を明確に実証することは不可能である。妊婦を対象とした向精神薬の強固な前方視的試験は明らかに倫理に反しており,長期の観察研究は実施が明らかに困難だからである。したがって,妊娠中の向精神薬の使用については,多くの限界をはらむデータベース研究(疾患,喫煙,肥満,他の薬剤および他の交絡因子の影響を調整していない,第二種の過誤のリスクが高い多重比較法,薬局データに基づいた曝露状況等),奇形情報センターからの限られた前方視的データ,有害な転帰の報告に偏りがちな症例報告等に基づいて,個別に判断するしかない。最悪の場合には,前臨床試験の動物データのみで,ヒトに関するデータが全くないこともある。新しい薬剤では,初期に報告されたような有害な転帰が再現されるとは限らないため,薬物療法の中断や継続に伴うリスクとベネフィットについては,その時点で「最善と思われる」判断をしなければならない。治療薬として確立した薬剤でさえ,長期的な転帰に関するデータは少ない。

妊娠は精神疾患の発症を抑制することはなく,薬剤投与が中断されれば,むしろ全般的なリスクが増加する場合があることに注意することも重要である。妊娠後期と産後早期には,薬剤使用の有無に関わらず再燃のリスクが増加する。

リスクとベネフィットに関する患者自身の考え方も極めて重要であり,臨床医から最新のエビデンスを伝える必要がある。臨床医は重度の精神疾患を有する女性に薬剤を処方することの重要性を認識すべきである。周産期の自殺は,特に向精神薬による治療等,積極的な治療を行わないことに関係するため留意する8

本項では,妊娠に関連した問題と現在までに得られているエビデンスの概要を示す。Box 7.1 に,妊娠中における処方の一般原則の概要を示した。

Box 7.1 妊娠中における処方の一般原則

妊娠可能なすべての女性
  • 妊娠の可能性について必ず話し合う。妊娠の半数は予定外である9
  • 妊娠可能な年齢の女性には,妊婦に対する禁忌薬剤(特にバルプロ酸およびカルバマゼピン)を投与しない。こうした薬剤を処方する場合は,患者が妊娠を計画していなくとも,薬剤の催奇形性について十分説明すべきである。葉酸の処方を検討する。バルプロ酸の処方は閉経後の女性のみにとどめるべきである。閉経前の女性における使用は最終手段とすべきである10
妊婦が新たに精神疾患と診断された場合
  • (主要器官が形成される)妊娠第1三半期には,リスクよりもベネフィットが上回る場合を除き,すべての薬剤を避けるようにする。すなわち,薬物療法以外の治療が無効または適切でないならば,その時に,有効性が確立された薬剤を最小有効用量で投与する。
向精神薬を使用している女性が妊娠を計画している場合
  • 患者の状態が良好で,再発リスクが低い場合は,薬物療法の中止を検討すべきである。
  • 重度精神疾患(SMI)の女性で再発リスクも高い場合は,薬物療法を中止するのは賢明ではなく,低リスクの薬剤への切り替えを検討すべきである。しかし,薬剤の切り替えにより再発リスクが上昇する可能性があることに留意し,病歴と過去の治療への反応等を踏まえて変更を検討する。
向精神薬を使用している女性の妊娠が明らかになった場合
  • SMIの女性で再発リスクも高い場合は,妊娠が明らかになっても急に治療を中止するのは賢明ではない。薬物療法が有効であれば,その薬物療法の継続よりも再発の方が結果的には母子にとって有害な可能性がある。再発リスクを最小限とし,胎児が曝露される薬剤数をなるべく少なくするためには,薬剤を切り替えるより現行の(有効な)薬剤の継続を検討する。
  • バルプロ酸は(気分安定剤として処方されている場合)中止すべきである。
患者が喫煙者である場合(精神疾患を有する妊婦は喫煙率が高い11
  • 喫煙は妊娠転帰不良に関連する過剰リスクのなかで割合が最も大きい12
  • 必ずニコチン補充療法への切り替えを勧める。喫煙は多くの有害な転帰を伴うが,ニコチン補充療法では伴わない13。英国国立医療技術評価機構(NICE)により禁煙支援サービスへの紹介が義務付けられており,したがって,可能な場合は患者に予約を勧め,支援すべきである。
  • 禁煙によって特定の薬剤(例えば,クロザピン)の血漿中濃度が上昇するおそれがある。
すべての妊婦
  • すべての決定に際して,できる限り胎児の両親を交えて話し合う。
    • 最小有効量を使用する。
    • 母子への既知の危険性がなるべく少ない薬剤を使用する。
  • 薬剤数は,同時でも順を追っての処方であっても,なるべく少なくする。
  • 妊娠の進行や,薬物動態の変化に従って,用量調節ができるように備える。妊娠第3三半期には血液量が約30%増加するので,投与している薬剤の増量が必要になることがしばしばある14。可能であれば,血漿中濃度モニタリングが有用な場合がある。妊娠中は肝酵素活性が大きく変化することに留意する。妊娠末期にはCYP2D6活性は約50%上昇し,CYP1A2活性は最大70%低下する15
  • 周産期医療専門施設への紹介を検討する。
  • 胎児検診を適切に行う。
  • 各薬剤について,分娩期に生じる可能性のある問題に留意する。
  • 向精神薬の使用と合併症の可能性について,産科チームに連絡しておく。
  • 新生児に出生後の薬物離脱症状がないかどうか,経過観察を行う。
  • 決定事項をすべて記録する。

(熊谷 迪亮)