抗うつ薬の切り替え
一般的なガイドライン
- 抗うつ薬を他の抗うつ薬に切り替える場合は,重篤な有害事象が認められない限り,これまで投与していた薬剤を突然中止することは避けるべきである。効果がなかった,または忍容性のなかった薬剤を緩徐に減らしながら新しい薬剤を徐々に導入するというクロステーパリングの方法が好ましい。クロステーパリングのスピードは,患者の忍容性をモニタリングしながら最良の判断をする。この点に関する研究はほとんどないため,注意が必要である。中断症状を軽減するために切り替え期間の延長が必要となる場合もある。
- クロステーパリングを行う際においても,併用が絶対禁忌の抗うつ薬があることに注意しなければならない。また,理論上のリスクがある場合や経験があまりない場合も,クロステーパリングは推奨されない。
- 切り替え戦略は,切り替えの理由(反応が不十分または無効,忍容性が低い,副作用等)だけではなく,使用される薬剤の薬物動態学的特性および薬力学的特性によって異なる1-3。
- クロステーパリングは不要な場合もある。例えばSSRI間で切り替える場合である。SSRIの効果はよく似ているので,2剤目を投与すると1剤目の離脱症状が緩和される可能性がある。実際,急速な切り替え時において,fluoxetineはSSRIの中断症状に対する治療法としての使用が提唱されている4。作用機序が全く同一でないにせよ類似している薬剤間で切り替える場合も,突然中止しても忍容できると考えられる5。このように,1つの抗うつ薬を突然中止して他の抗うつ薬を通常用量で開始する方法は,忍容性が高いだけでなく,中断症状のリスクと重症度を抑えることもある。
- 2種類の抗うつ薬の同時投与に伴うリスクとしては,薬力学的相互作用(セロトニン症候群,低血圧,眠気等,使用される薬剤により異なる)と薬物動態学的相互作用(例:一部のSSRIによる三環系抗うつ薬の血漿中濃度の上昇)がある。
- agomelatineは中断症状を起こさないと考えられているが6,それでもなお慎重な中止が推奨される。agomelatineの作用機序(メラトニン作動性,5-HT2C受容体拮抗性)を考えると,他の抗うつ薬の中断反応が軽減することは期待されない。agomelatineと他の抗うつ薬の併用が薬力学的相互作用を起こすことを示唆する理論的根拠はないが,有用なデータが存在しないため注意する必要がある。ある程度の薬物動態学的相互作用は起こる。また,agomelatineをフルボキサミンと併用すべきではない。
- セロトニン症候群は治療量のセロトニン作動薬単剤により起こりうるが,複数のセロトニン作動薬の併用や過量服薬ではより頻繁に起こる。最も重症のセロトニン症候群の症例では,MAOI(moclobemide等)とSSRIの併用が関与している7, 8。治療戦略を切り替えるうえで複数のセロトニン作動薬の併用が求められる場合は,注意が必要である。
例 | 1週目 | 2週目 | 3週目 | 4週目 | |
citalopramの中止 | 40mg 1日1回 | 20mg 1日1回 | 10mg 1日1回 | 5mg | 2.5mg |
ミルタザピンの導入 | なし | 15mg 1日1回 | 30mg 1日1回 | 30mg 1日1回 | 45mg 1日1回 (必要な場合) |
セロトニン症候群の症状5
表3.7の推奨は注意して参照する必要がある。薬剤の切り替え時には慎重に患者を観察すべきである。
表3.7 抗うつ薬:切り替えと中止*
切り替え後 | ||||||
切り替え前 | agomelatine | bupropion | クロミプラミン | fluoxetine | フルボキサミン | MAOI phenelzine tranylcypromine セレギリン |
agomelatinea | agomelatineを中止してからbupropionを開始する | agomelatineを中止してからクロミプラミンを開始する | agomelatineを中止してからfluoxetineを開始する | agomelatineを中止してからフルボキサミンを開始する | agomelatine を中止してからMAOIを開始する | |
bupropionb | 慎重にクロステーパーする | クロミプラミンを低用量で開始して慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,その後2週間待ってからMAOIを開始する | |
クロミプラミン | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,fluoxetineを10mg/日で開始する | 漸減して中止し,フルボキサミンを低用量で開始する | 漸減して中止し,その後3週間待ってからMAOIを開始する | |
fluoxetinec | 慎重にクロステーパーする | fluoxetineを中止する。4-7日間待ってからbupropionを開始する | fluoxetineを中止する。2週間待ってからクロミプラミンを低用量で開始する | fluoxetineを中止する。4-7日間待ってからフルボキサミンを開始する | fluoxetineを中止し,その後5-6週間待ってからMAOIを開始する | |
フルボキサミンd | 漸減して中止し,その後4日間待つ | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,クロミプラミンを低用量で開始する | 直接切り替えが可能 | 漸減して中止し,その後1週間待ってからMAOIを開始する | |
MAOI phenelzine tranylcypromine セレギリン |
慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,その後2週間待つ | 漸減して中止し,その後3週間待つ | 漸減して中止し,その後2週間待つ | 漸減して中止し,その後2週間待つ | 漸減して中止し,その後2週間待つ |
moclobemide | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待ってからMAOIを開始する |
ミルタザピン | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,その後2週間待つ |
reboxetinee | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,その後1週間待ってからMAOIを開始する |
トラゾドン | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | クロミプラミンを低用量で開始して慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,その後1週間待つ |
その他のSSRIf,ボルチオキセチンg | 重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,クロミプラミンを低用量で開始する | 直接切り替えが可能 | 直接切り替えが可能 | 漸減して中止し,その後1週間待つh |
SNRI デュロキセチンi ベンラファキシン desvenlaxine |
慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,クロミプラミンを低用量で開始する | 直接切り替えが可能 | 直接切り替えが可能 | 漸減して中止し,その後1週間待つ |
TCA | 慎重にクロステーパーする | 半分の用量にし,bupropionを加えてから緩徐に中止する | 直接切り替えが可能 | 半分の用量にし,fluoxetineを加えてから緩徐に中止する | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,その後2週間待つj |
切り替え後 | |||||||
切り替え前 | moclobemide | ミルタザピン | reboxetine | トラゾドン | その他のSSRIf ボルチオキセチン |
SNRI デュロキセチン ベンラファキシン desvenlaxine |
TCA (クロミプラミンを除く) |
agomelatinea | agomelatineを中止してからmoclobemideを開始する | agomelatineを中止してからミルタザピンを開始する | agomelatineを中止してからreboxetineを開始する | agomelatineを中止してからトラゾドンを開始する | agomelatineを中止してからSSRIを開始する | agomelatineを中止してからSNRIを開始する | agomelatineを中止してからTCAを開始する |
bupropionb | 漸減し,中止してからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | TCAを低用量で開始して慎重にクロステーパーする |
クロミプラミン | 漸減して中止し,その後1週間待ってからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 漸減して中止し,低用量で開始する | 漸減して中止する。SNRIを低用量で開始する | 慎重にクロステーパーする |
fluoxetinec | fluoxetineを中止し,その後5-6週間待ってからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | fluoxetineを中止する。4-7日間待ってから低用量で開始する | fluoxetineを中止する。4-7日間待ってからSNRIを開始する | fluoxetineを中止する。4-7日間待ってからTCAを低用量で開始する |
フルボキサミンd | 漸減して中止し,その後1週間待ってからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする。ミルタザピンを15mgで開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 直接切り替えが可能 | 直接切り替えが可能 | TCAを低用量で開始して慎重にクロステーパーする |
MAOI phenelzine tranylcypromine セレギリン |
漸減して中止し,その後2週間待ってからmoclobemideを開始する | 漸減して中止し,その後2週間待つ | 漸減して中止し,その後2週間待つ | 漸減して中止し,その後2週間待つ | 漸減して中止し,その後2週間待つ | 漸減して中止し,その後2週間待つ | 漸減して中止し,その後2週間待つj |
moclobemide | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待つ | 漸減して中止し,その後24時間待つ | |
ミルタザピン | 漸減して中止し,その後1週間待ってからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | |
reboxetinee | 漸減して中止し,その後1週間待ってからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | |
トラゾドン | 漸減して中止し,その後1週間待ってからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | TCAを低用量で開始して慎重にクロステーパーする | |
その他のSSRIf,ボルチオキセチンg | 漸減して中止し,その後1週間待ってからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 直接切り替えが可能 | 直接切り替えが可能 | TCAを低用量で開始して慎重にクロステーパーする |
SNRI デュロキセチンi ベンラファキシン desvenlaxine |
漸減して中止し,その後1週間待ってからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 直接切り替えが可能 | 直接切り替えが可能 | TCAを低用量で開始して慎重にクロステーパーする |
TCA | 漸減して中止し,その後1週間待ってからmoclobemideを開始する | 慎重にクロステーパーする | 慎重にクロステーパーする | 半分の用量にし,トラゾドンを加えてから緩徐に中止する | 半分の用量にし,SSRIを加えてから緩徐に中止する | SNRIを低用量で開始して慎重にクロステーパーする | 直接切り替えが可能 |
注:
*この表における推奨は,製薬会社の情報,公表されたデータ,理論等に基づいている。個別の薬剤の取り扱いについてはいくつかの因子が影響するので,切り替えの際にはその都度注意しなければならない。クロステーパーは慎重に行う(通常は,例えば2-4週間かけて実施)。
aagomelatineはモノアミンの取り込みに影響がなく,α/βアドレナリン受容体,ヒスタミン受容体,コリン受容体,ドパミン受容体,ベンゾジアゼピン受容体に親和性がない。agomelatineは他の抗うつ薬と相互作用を起こす可能性が低く,他の抗うつ薬の中断反応を緩和することもない。agomelatineから切り替える際は,他の抗うつ薬とのクロスオーバーを慎重に試みてもよい。
b英国では,bupropionは禁煙補助薬として承認されているがうつ病治療薬としては未承認である。CYP2D6阻害薬であるため,CYP2D6により代謝される薬剤とのクロステーパーでは特に注意する必要がある。
cfluoxetineは代謝産物の半減期が長いので,中止後5 週間は相互作用が生じる場合があることに注意する。
dフルボキサミンはCYP1A2を強力に阻害し,それよりは弱いがCYP2CとCYP3A4も阻害する。相互作用の可能性が高いので特に注意が必要である。
e抗うつ薬単剤治療としてのreboxetineへの切り替えは推奨されていない。
fcitalopram,エスシタロプラム,パロキセチン,セルトラリン。
gボルチオキセチンに関する経験は限られているので,特に注意が必要である。ボルチオキセチンからbupropion,およびfluoxetineやパロキセチン等のCYP2D6 阻害薬への切り替え,およびこれらの薬剤からボルチオキセチンへの切り替えには特に注意が必要である9。
hボルチオキセチンでは3週間待つ10。
iSSRIやベンラファキシンからデュロキセチンへの急速な切り替えは開始用量60mg/日で可能5。
jイミプラミンでは3週間待つ。
(桐野 創)
参照文献
- Cleare A, et al. Evidence-based guidelines for treating depressive disorders with antidepressants: a revision of the 2008 British Association for Psychopharmacology guidelines. J Psychopharmacology 2015; 29:459-525.
- Harvey BH, et al. New insights on the antidepressant discontinuation syndrome. Human Psychopharmacology 2014; 29:503-516.
- Malhi GS, et al. Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists clinical practice guidelines for mood disorders. Aust N Z J Psychiatry 2015; 49:1087-1206.
- Benazzi F. Fluoxetine for the treatment of SSRI discontinuation syndrome. Int J Neuropsychopharmacol 2008; 11:725-726.
- Perahia DG, et al. Switching to duloxetine from selective serotonin reuptake inhibitor antidepressants: a multicenter trial comparing 2 switching techniques. J Clin Psychiatry 2008; 69:95-105.
- Goodwin GM, et al. Agomelatine prevents relapse in patients with major depressive disorder without evidence of a discontinuation syndrome: a 24-week randomized, double-blind, placebo-controlled trial. J Clin Psychiatry 2009; 70:1128-1137.
- Buckley NA, et al. Serotonin syndrome. BMJ 2014; 348:g1626.
- Abadie D, et al. Serotonin syndrome: analysis of cases registered in the French pharmacovigilance database. J Clin Psychopharmacol 2015; 35:382-388.
- Chen G, et al. Pharmacokinetic drug interactions involving vortioxetine (Lu AA21004), a multimodal antidepressant. Clin Drug Investig 2013; 33:727-736.
- Citrome L. Vortioxetine for major depressive disorder: a systematic review of the efficacy and safety profile for this newly approved antidepressant - what is the number needed to treat, number needed to harm and likelihood to be helped or harmed? Int J Clin Pract 2014; 68:60-82.