抗うつ薬の薬物相互作用
薬物の相互作用には2通りある。
- 薬物動態学的相互作用は,ある薬物が他の薬物の吸収・分布・代謝・排泄に干渉し,十分な治療効果が得られなかったり,毒性が出現したりすることである。薬物動態学的相互作用の多くは,肝代謝酵素CYP450の誘導あるいは阻害と関連して生じる(表3.14および表3.15参照)。薬物動態学的相互作用に関連するその他の酵素系としては,フラビン含有モノオキシゲナーゼ(FMO)1とUDP-グルクロノシルトランスフェラーゼ(UGT)2がある。この2つの代謝酵素も向精神薬の代謝に関与するが,薬物による酵素の誘導や阻害の可能性については十分に研究されていない。
個々の患者において,薬物動態学的相互作用によって臨床的にはどのような所見が現れるかを予測することは困難である。臨床的に極めて重大な影響が生じる場合もある。例えば,パロキセチン(強力なCYP2D6阻害薬)をタモキシフェンと併用すると,タモキシフェンの中止後5年以内に死亡する女性の数は20人あたり最大で1人増加する3。薬物動態学的相互作用に影響を与える因子としては,酵素の誘導や阻害の程度,相互作用を受ける薬物や併用薬の薬物動態学的特性,相互作用を受ける薬物の血漿中濃度と薬力学的作用との関係,一次的・二次的な代謝経路における個人差や併存する身体疾患等の患者特異的な因子がある4。 - 薬力学的相互作用では,生理学的な機序により,ある薬物の作用がその他の薬物によって変化する。例えば,受容体における直接的な競合(例:ドパミン作動薬とドパミン阻害薬による治療効果の相殺),同一の神経伝達経路における増強作用(例:fluoxetineとトラマドールまたはトリプタンの併用によるセロトニン症候群の発症),様々な機序による器官・器官系の生理学的機能への影響(例:SSRIは凝固を阻害し,NSAIDsは胃粘膜を刺激するため,これらの薬剤の併用による消化管出血のリスク増加)等がある。薬力学的相互作用に関する最新の情報はオンラインで簡単に参照可能であり,既知の相互作用はほとんどが個々の製品の文献に記載されている。
表3.14 各CYP酵素に対応する抗うつ薬の要約5-7
抗うつ薬 | 当該薬剤を基質として働く酵素 | 阻害対象 | |
SSRI | |||
citalopram | CYP2C19, CYP2D6, CYP3A4 | CYP2D6(弱い) | |
エスシタロプラム | CYP2C19, CYP2D6, CYP3A4 | CYP2D6(弱い) | |
fluoxetine | CYP2D6, CYP3A4 | CYP2D6(中等度~強力),CYP2C9(中等度),CYP3A4 (弱い) | |
フルボキサミン | CYP2D6,おそらく他の酵素も関与する | CYP1A2(強力),CYP2C19(強力), CYP3A4(弱い),CYP2C9(弱い) |
|
パロキセチン | CYP2D6 | CYP2D6(強力) | |
セルトラリン | CYP3A4,CYP2D6(少ない),おそらく他の経路もある | CYP2D6(弱い) | |
SNRI | |||
desvenlafaxine | CYP3A4 | CYP2D6(弱い) | |
デュロキセチン | CYP1A2,CYP2D6 | CYP2D6(中等度) | |
levomilnacipran | CYP3A4,CYP2C8,CYP2C19,CYP2D6 | ||
ベンラファキシン | CYP2D6,CYP3A4 | CYP2D6(弱い) | |
TCA | |||
アミトリプチリン クロミプラミン |
CYP1A2,CYP2D6,CYP3A4,CYP2C19 | ||
desipramine | CYP2D6 | ||
ドスレピン | CYP2D6,おそらく他の経路もある | ||
doxepin | CYP2D6,CYP1A2(少ない),CYP3A4(少ない) | ||
イミプラミン | CYP1A2,CYP2D6,CYP3A4,CYP2C19 | ||
ノルトリプチリン | CYP2D6 | ||
トリミプラミン | CYP2D6 | ||
その他 | |||
agomelatine | CYP1A2 | ||
bupropion | CYP2B6 | CYP2D6(強力) | |
esketamine | CYP3A4,CYP2B6 | ||
ミアンセリン | CYP2D6 | ||
ミルタザピン | CYP1A2,CYP2D6,CYP3A4 | CYP2D6(弱い) | |
reboxetine | CYP3A4 | ||
トラゾドン | CYP3A4 | ||
ボルチオキセチン | CYP2D6,CYP2A6,CYP2B6,CYP2C8,CYP2C9,CYP2C19,CYP3A4 | ||
vilazodone | CYP3A4 | CYP2C8 |
太字で強調したCYP 酵素:
- 主な代謝酵素の経路,または
- 主な酵素活性
表3.15 薬物動態学的相互作用─重要な相互作用の概要3, 15
CYP1A2 | CYP2B6 | CYP2C9 | CYP2C19 | CYP2D6 | CYP3A4/5/7 |
遺伝子多型,超迅速代謝者がある可能性 | 肝CYP全体の2-10%を占める16 | 白色人種では5-10%が低代謝者 | アジア人では約20%,白色人種では3-5%が低代謝者 | 白色人種では3-5%が低代謝者 | p450の60%を占める |
誘導剤 | 誘導剤 | 誘導剤 | 誘導剤 | 誘導剤 | 誘導剤 |
カルバマゼピン 炭火での調理 喫煙 オメプラゾール フェノバルビタール フェニトイン |
カルバマゼピン エファビレンツ ロピナビル リファンピシン リトナビル |
フェニトイン リファンピシン |
アパルタミド リファンピシン エンザルタミド artemisinin エファビレンツ |
カルバマゼピン フェニトイン |
カルバマゼピン フェニトイン プレドニゾロン リファンピシン |
阻害剤 | 阻害剤 | 阻害剤 | 阻害剤 | 阻害剤 | 阻害剤 |
シメチジン シプロフロキサシン エリスロマイシン フルボキサミン |
クロピドグレル チクロピジン ボリコナゾール |
シメチジン fluoxetine フルボキサミン moclobemide セルトラリン |
フルコナゾール fluoxetine フルボキサミン エソメプラゾール moclobemide オメプラゾール ボリコナゾール armodafinil エトラビリン イソニアジド モダフィニル シメチジン |
クロルプロマジン bupropion デュロキセチン fluoxetine フルフェナジン ハロペリドール パロキセチン セルトラリン 三環系抗うつ薬 |
エリスロマイシン fluoxetine フルボキサミン グレープフルーツジュース ケトコナゾール norfluoxetine パロキセチン セルトラリン 三環系抗うつ薬 |
代謝剤 | 代謝剤 | 代謝剤 | 代謝剤 | 代謝剤 | 代謝剤 |
agomelatine ベンゾジアゼピン系薬剤 カフェイン クロザピン デュロキセチン ハロペリドール ミルタザピン オランザピン ラメルテオン テオフィリン チザニジン 三環系抗うつ薬 ワルファリン |
bupropion メサドン トラマドール |
agomelatine bupropion citalopram ジアゼパム オメプラゾール フェニトイン 三環系抗うつ薬 ワルファリン |
citalopram ジアゼパム moclobemide |
クロザピン コデイン ドネペジル デュロキセチン ハロペリドール フェノチアジン系薬剤 リスペリドン タモキシフェン 三環系抗うつ薬 トラマドール トラゾドン ベンラファキシン ボルチオキセチン |
カルシウム拮抗薬 カルバマゼピン クロザピン ドネペジル エリスロマイシン ガランタミン メサドン levomilnacipran ミルタザピン reboxetine リスペリドン スタチン系薬剤 三環系抗うつ薬 バルプロ酸 ベンラファキシン vilazodone ボルチオキセチン Z系睡眠薬 |
薬力学的相互作用
三環系抗うつ薬7-10
- H1受容体拮抗作用(鎮静作用)を有する。この作用は,鎮静効果を有する他の薬物やアルコールとの併用により増強される。心肺機能の抑制に注意する。
- 抗コリン作用(口渇,霧視,便秘の原因)を有する。この作用は,抗ヒスタミン薬や抗精神病薬等の抗コリン作用を有する他の薬物により増強される。認知機能障害と消化管閉塞に注意する。
- アドレナリンα1受容体拮抗作用(起立性低血圧の原因)を有する。この作用は,α1受容体を遮断する他の薬物や降圧薬全般により増強される。転倒に注意する。アドレナリンとα1受容体拮抗薬の併用により高血圧が誘発されることがある。
- 催不整脈作用を有する。心伝導に直接的または間接的な影響を及ぼす薬物との併用は注意を要する。本Chapterの「抗うつ薬誘発性不整脈」の項を参照。
- けいれん発作閾値を低下させる。けいれんを誘発する他の薬物(例:抗精神病薬)との併用には注意が必要であり,特にてんかんの治療を受けている患者では注意を要する。「てんかん」(Chapter 10)の項を参照されたい。
- 様々な程度のセロトニン再取り込み阻害作用を有する(例:特にイミプラミンおよびクロミプラミン)。他のセロトニン作動性の薬物(例:トラマドール,SSRI,MAOI,トリプタン)との相互作用により,セロトニン症候群を起こすことがある。
SSRI/SNRI7-9, 11, 12
- セロトニン性神経伝達を増加させる。他のセロトニン作動薬と併用する場合は,セロトニン症候群が重要な問題となる。
- 血小板の凝集を抑制し,出血リスク,特に上部消化管出血のリスクを増大させる。この作用は,アスピリンやNSAIDsとの併用により増強される(本Chapterの「SSRIと出血」の項を参照)。
- 他の抗うつ薬より低ナトリウム血症を起こしやすいと考えられる(本Chapterの「抗うつ薬誘発性低ナトリウム血症」の項を参照)。利尿薬等の他の薬物による電解質異常を悪化させる可能性がある。
- 骨減少症を起こす場合がある。この作用はプロラクチンを上昇させる薬物が骨塩密度に及ぼす影響を増強させ,患者が転倒した場合に臨床的な問題となるリスクが増大する。
MAOI13, 14
- モノアミン神経伝達物質(例:セロトニン)の分解を阻害する。セロトニン作動薬(特にセロトニン再取り込み阻害薬やセロトニン放出薬)と併用した場合,セロトニン症候群のリスクがあり,致死的となるおそれもある。セロトニン作動薬の例として,SSRIおよびそれに関連する抗うつ薬の他,一部の市販薬(例:クロルフェニラミン,デキストロメトルファン),オピオイド(例:トラマドール,ペチジン),乱用薬物(例:MDMA)などがある。
- 他のモノアミン神経伝達物質(例:カテコールアミン)の分解を阻害する。昇圧作用のある交感神経作動薬(例:精神刺激薬)と併用すると高血圧クリーゼを起こす可能性がある。また,MAOIは食物に含まれるチラミン(熟成食品や発酵食品に多く含まれる)の分解を阻害し,カテコールアミン放出促進作用により,同様の高血圧反応を引き起こす。
全般
問題を回避/最小化する方法:
- 抗うつ薬の多剤併用を行う場合は,より安全に併用できる薬剤を選択し,2剤目の抗うつ薬を開始する際は副作用を慎重にモニタリングする。
- 抗うつ薬として販売されていない薬剤であっても,同様の薬理学的特性を有する薬剤(例:アトモキセチン,bupropion)との併用は避ける。
(内田 裕之)
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