外来患者にクロザピンを初めて投与する場合のガイドライン
外来患者に対するクロザピン開始の禁忌
- けいれん発作,重大な心疾患,コントロール不良な糖尿病,麻痺性イレウス,血液障害,神経遮断薬悪性症候群(NMS),重篤な副作用のリスクを高める他の疾患の既往がある場合(入院環境で慎重にモニタリングしながら投与を開始できる可能性はある)
- クロザピンまたは他の抗精神病薬の増量中に重度の副作用の既往がある場合
- 信頼性がない,または生活習慣が無秩序であり,服薬アドヒアランスやモニタリングに支障をきたすおそれがある場合
- 副作用のリスクを高めるであろうアルコールや薬物(コカイン等)の重大な乱用がある場合
外来でクロザピンを開始してよい場合(以下の全項目に対して「はい」である場合)
- 経口薬に対するアドヒアランスが良好で,必要なモニタリングを適切に行うことができそうか?
- 患者は定期的な身体モニタリングや血液検査の必要性を理解しているか?
- 患者は起こりうる副作用を理解し,副作用(特に稀ではあるが重篤な副作用)が起こったときはどう対処すればよいかを理解しているか?
- すぐに患者と連絡がとれるか(例:フォローアップが必要な結果が出た場合)?
- 治療初期の増量のために毎日受診できるか?
- 毎週,薬剤を受け取るために来院することができるか,または薬剤を家に届けることができるか?
- 重篤な副作用の可能性が生じた場合(例:発熱,倦怠感,胸痛等,心筋炎または感染症が疑われる徴候がある場合),患者自身が時間外でも援助を求めることができそうか?
最初の検査
危険因子についてスクリーニングし,投薬開始時の状態を確認する。
-
身体診察,全血球数(FBC,後述),肝機能(LFT),尿素と電解質(U&E),脂質,グルコース/HbA1cの検査を行う。トロポニン,C反応性蛋白(CRP),B型ナトリウム利尿ペプチド,赤血球沈降速度(ESR)を検討する(今後の検査のベースラインとして)。
- 心電図(ECG)を行う。特に心筋梗塞(MI)の既往や心室異常がないか確認する。
- 臨床的に適応となる場合は心エコー検査を行う。
必須の血液検査および登録
- 関連するモニタリングサービスに登録する。
- クロザピンを開始する前にベースラインの血液検査[白血球数(WCC)と白血球分画]を行う。
- 最初の18週間は毎週血液検査を行い,その後は投与開始から1年経過するまで2週間毎に血液検査を行う。その後は通常,血液検査を月1回行う。
- 患者のかかりつけ医に情報を提供する。
投与
外来でクロザピンの投与を開始する場合,増量は慎重かつ柔軟に行う必要がある。それ以前に使用していた抗精神病薬は,クロザピンの増量期間中に徐々に中止する(デポ剤を使用していた場合は通常,増量開始時に中止できる)。クロザピンは著明な起立性低血圧を起こす可能性がある。最初のモニタリングは,この副作用を検出して対応することも目的となる。
外来でクロザピンの投与を開始する場合,2種類の基本的な方法がある。まず,クリニックで朝に初回投与を行い,その後最低3時間観察するという方法である。忍容性が確認されたら帰宅させ,自宅で就寝前に2回目を服用するよう指導する。この投与スケジュールを表1.38に示した。これはかなり慎重なスケジュールであり,ほとんどの場合はこれより速い増量でも忍容される。もう1つは,就寝前に初回投与を行うという方法であり,この場合は投与直後の慎重な身体モニタリングの必要性がなくなる。その後の投与とモニタリングは,最初の方法と同じである。十分なスタッフで十分なモニタリングが行えるように,投与開始は週の前半(例:月曜日)に行うようにする。
表1.38 外来でクロザピンの投与を開始する場合に提案される増量の方法(忍容性に問題がない場合は,より迅速な増量が可能な場合が多いことに注意)
経過日数 | 曜日 | 午前の投与量(mg) | 午後の投与量(mg) | モニタリング | 以前使用していた抗精神病薬の用量比率(%) |
1 | 月 | 6.25 | 6.25 | A | 100 |
2 | 火 | 6.25 | 6.25 | A | |
3 | 水 | 6.25 | 6.25 | A | |
4 | 木 | 6.25 | 12.5 | A, B, FBC | |
5 | 金 | 12.5 | 12.5 | A 4日目からの結果をチェックする。週末時間外に何か起きた場合の対処法を患者と確認する |
|
6 | 土 | 12.5 | 12.5 | 臨床的に必要でなければ,ルーチンのモニタリングは必要ない | |
7 | 日 | 12.5 | 12.5 | 臨床的に必要でなければ,ルーチンのモニタリングは必要ない | |
8 | 月 | 12.5 | 25 | A | 75* |
9 | 火 | 12.5 | 25 | A | |
10 | 水 | 25 | 25 | A | |
11 | 木 | 25 | 37.5 | A, B, FBC | |
12 | 金 | 25 | 37.5 | A 11日目からの結果をチェックする。週末時間外に何か起きた場合の対処法を患者と確認する |
|
13 | 土 | 25 | 37.5 | 臨床的に必要でなければ,ルーチンのモニタリングは必要ない | |
14 | 日 | 25 | 37.5 | 臨床的に必要でなければ,ルーチンのモニタリングは必要ない | |
15 | 月 | 37.5 | 37.5 | A | 50* |
16 | 火 | 37.5 | 37.5 | 問題がなければモニタリングは必要ない | |
17 | 水 | 37.5 | 50 | A | |
18 | 木 | 37.5 | 50 | 問題がなければモニタリングは必要ない | |
19 | 金 | 50 | 50 | A, B, FBC | |
20 | 土 | 50 | 50 | 臨床的に必要でなければ,ルーチンのモニタリングは必要ない | |
21 | 日 | 50 | 50 | 臨床的に必要でなければ,ルーチンのモニタリングは必要ない | |
22 | 月 | 50 | 75 | A | 25* |
23 | 火 | 50 | 75 | 問題がなければモニタリングは必要ない | |
24 | 水 | 75 | 75 | A | |
25 | 木 | 75 | 75 | 問題がなければモニタリングは必要ない | |
26 | 金 | 75 | 100 | A, B, FBC | |
27 | 土 | 75 | 100 | 臨床的に必要でなければ,ルーチンのモニタリングは必要ない | |
28 | 日 | 75 | 100 | 臨床的に必要でなければ,ルーチンのモニタリングは必要ない | |
さらに増量する場合は,目標用量に達するまで25-50mg/日(一般には25mg/日)で増量する(血漿中濃度を指標とする)。初回通過効果の代謝飽和による,血漿中濃度の急上昇に注意する(鎮静や他の副作用の増悪を監視する)。 |
注:
A. 投与前,および理想的には投与の30分-6時間後に脈拍,立位の血圧,体温を測定し,副作用について問診する。
B. 精神状態を評価し,体重を測定し,副作用があれば積極的に管理する(例:行動上の助言,クロザピンの増量のペースを落とす,他の抗精神病薬の用量を減らす,補助療法を開始する。クロザピンの副作用に関する項を参照)。トロポニン,CRP,B型ナトリウム利尿ペプチドの検査を検討する。
*副作用や精神状態に応じて調整が必要な場合がある。
副作用
治療開始時には,鎮静,流涎過多,低血圧がよくみられる。通常,これらの副作用は管理できるが(よくみられる副作用に関する項を参照),外来で増量する場合には特に注意が必要である。Glasgow Antipsychotic Side-effects Scale for Clozapine(GASS-C)等の,一般に認められている評価尺度を用いた副作用の系統的な評価を定期的に行うことを検討する。
以下の所見がみられた場合,公式的なケア担当者(通常は地域の精神科看護師)は処方者に報告する必要がある。
- 38℃を超える発熱(よくみられるので,これだけではクロザピン中止の理由にならない)
- 100回/分を超える脈拍(これもよくみられるので,これだけではクロザピン中止の理由にならないが,心筋炎に関連する場合もある)
- 起立時の血圧低下が30mmHg超
- 明らかな過鎮静
- 便秘の徴候
- インフルエンザ様症状(倦怠感,易疲労感等)
- 胸痛,呼吸困難,頻呼吸
- 他の忍容できない副作用
- 喫煙習慣の変化
医師は最初の1ヵ月間は少なくとも週に1回,精神面と身体面の評価を行うべきである。
その他に推奨されるモニタリング
投与開始前 | 1ヵ月 | 3ヵ月 | 4-6ヵ月 | 12ヵ月 |
体重/BMI/胴囲 | 体重/BMI/胴囲 | 体重/BMI/胴囲 | 体重/BMI/胴囲 | 体重/BMI/胴囲 |
血糖値,血中脂質 | 血糖値,血中脂質 | 血糖値,血中脂質 | 血糖値,血中脂質 | |
肝機能検査(LFT) | LFT |
投与開始後6週間,特に心筋炎の疑いが生じた場合には,血漿中トロポニン,B型ナトリウム利尿ペプチド,CRPを週1回検査することを検討する(心筋炎に関する項を参照)。
他の抗精神病薬からの切り替え
- 切り替えの方法は主に患者の精神状態に基づいて決定する。
- 抗精神病薬の相加的な副作用の可能性(例:低血圧,鎮静,QTc間隔への影響)を考慮する。
- 薬物相互作用(例:一部のSSRIによるクロザピン濃度上昇の可能性)を考慮する。
- すべてのデポ剤,sertindole,ピモジド,ziprasidoneはクロザピン開始前に中止する。
- 他の抗精神病薬から切り替える場合は,前薬を徐々に減量しながらクロザピンを徐々に増量するとよいが,必要な注意の程度は薬剤により異なる。クロザピンと,QT間隔に影響を及ぼす薬剤を併用している場合には,ECGによるモニタリングを行うことが賢明である。
重篤な心臓の副作用
特にクロザピン開始から2ヵ月間は,心筋炎の徴候および症状がないかどうかを綿密に観察する。これらを自覚した場合には,スタッフにその旨を伝え,必要に応じて時間外の診察を求めるよう患者に指導する。心筋炎の徴候および症状としては,持続的な頻脈(通常は良性である),動悸,息切れ,発熱,不整脈,心筋梗塞様の症状,胸痛,その他の原因不明の心不全症状がある。本Chapterの「クロザピン:重篤な血液学的副作用と心血管系の副作用」の項を参照のこと。
<編集協力者コメント>
本邦の添付文書では,クロザピンは「原則として投与開始後18週間は入院管理下で投与」すると記載されている(2022年4月現在)。このため,本邦では英国と異なり,外来患者に対するクロザピンの初回導入は行われていないと考えられる。編集者が所属するSouth London & Maudsley NHS Foundation Trustにおいても,9割以上の患者がクロザピンの導入を入院中に受けているのが実情だが,クロザピン治療のさらなる普及を目指し,一部の外来患者に対して上記ガイドラインに基づく初回治療が実施されている。
(水野 裕也)