モーズレイ処方ガイドライン第14版(The Maudsley PrescribingGuidelines inPsychiatry 14thEdition)menu open

静脈血栓塞栓症

関連のエビデンス

抗精神病薬の投与は,1965年に初めて血栓塞栓症のリスク増加と関連付けられた1。10年間の観察期間に,患者1,590例のうち3.1%が血栓塞栓症を発現し,このうち9例(0.6%)が死亡した。しかし,抗精神病薬の継続的使用は重度かつ持続的な精神疾患を示すものであり,したがって観察される抗精神病薬との関連は,それらが処方されている疾患が内在する病理学的プロセスを反映している可能性がある。ある部分で,抗精神病薬治療と治療対象疾患が相対的にどの程度血栓塞栓症のリスクに寄与するかは,まだ明確に定義されていない。

約30,000例の患者を対象とした大規模症例対照研究2で,年齢および性別について調整する試みがなされた(精神科診断に関するマッチングは行われなかった)。血栓塞栓症のリスクは,抗精神病薬を処方されていた患者全体で,対照群よりも大きく増加していた[オッズ比(OR)7.1]。リスクの増加に,低力価フェノチアジン系薬剤[thioridazine,クロルプロマジン(OR 24.1)]の効果が大きく寄与し,主に投与開始後数週間以内にみられた。静脈血栓塞栓症の絶対リスクは非常に小さく,患者の0.14%のみで認められた。二次解析では,診断との関連は示唆されなかった(処方対象は統合失調症以外のものも含む)。

後に実施された7件の症例対照研究のメタ解析3により,低力価の薬剤で血栓塞栓症リスクが増加することが確認され(OR 2.91),すべての種類の抗精神病薬で,血栓塞栓症リスクは低いものの有意に増加することが示唆された。17件の研究を対象としたその後のメタ解析4では,血栓塞栓症のリスクが小幅に増加することが示され,それぞれ抗精神病薬全体でOR 1.54,FGAのみでOR 1.74,SGAのみでOR 2.07 であった。血栓塞栓症のリスクは年齢とともに明らかに低下した。著者らは,抗精神病薬はリスクをおそらく約50%増加させるが,残差交絡を度外視できない(すなわち,他の因子が観察された効果に寄与した可能性がある)ことを示唆した。

それ以降,数件の症例対照研究により,抗精神病薬によって血栓塞栓症のリスクがわずかに増加し,かつ全体的なリスクは小さいことが確認され5-7,1件の研究で,抗精神病薬を服用している高齢患者のリスクは10,000人/年あたり43例であると報告された7。その他の注目すべき知見としては,精神病性障害にはあまり処方されない薬剤であるが,プロクロルペラジンが血栓塞栓症の増加と顕著に関連していた5。また,抗精神病薬の用量に関連してリスクが増加した(高用量患者ではリスクが4倍増)という研究もある6。プロクロルペラジンの投与との関連は英国の研究ですでに示唆されていた8。これらの結果により,(抗精神病薬の治療対象疾患だけでなく)抗精神病薬自体が血栓塞栓症のリスク増加に関与しているという説に信憑性が加わった。病的な血液凝固のリスクが最も高いのは,投与開始後3ヵ月間程度であると考えられる9, 10

最新データ

2021年初頭に2件のメタ解析が発表された。それらの知見を以下の表に示す。

参照文献 対象とした研究の数 非使用と比較したFGAの相対リスク(OR) 非使用と比較したSGAの相対リスク(OR) 非使用と比較したすべての抗精神病薬の相対リスク(OR) コメント
Di et al., 20219 22 VTE/PE 1.83 VTE 1.75
PE 3.79
VTE/PE 2.06
VTE 1.53
PE 3.69
VTE/PE 1.60
若年患者(60歳未満)でリスクが最も高い
低力価のFGAでリスクが最も高い
Liu et al., 202110 28 VTE/PE 1.47 VTE/PE 1.62 VTE 1.55
PE 3.68
VTE/PE 2.01
抗精神病薬の使用を新たに開始した患者において,継続的に使用している患者よりもリスクが高かった
高用量では低用量と比較してリスクが若干増加する

機序

抗精神病薬と血栓塞栓症の関連を説明するため,いくつかの機序が提唱されている。これらの提唱される機序の概要を表1.33に示す。

表1.33 抗精神病薬に関連する静脈血栓塞栓症に提唱される機序11-13

鎮静
肥満
高プロラクチン血症
抗リン脂質抗体の増加
血小板凝集の増加**
血漿中ホモシステインの増加

これらの因子が抗精神病薬誘発性の血栓塞栓症の機序ではないことを示すいくつかのエビデンスがある14
**in vitroデータにより,抗精神病薬の血小板凝集に及ぼす影響は薬剤毎にかなり異なっていることが示唆される12

転帰

多数の既報文献で,血栓塞栓症リスクの増加による,肺塞栓症15,脳卒中16および心筋梗塞17, 18の発現率増加が示されている。

要約

抗精神病薬は,静脈血栓塞栓症や随伴する肺塞栓症,脳卒中,心筋梗塞のリスク増加とほぼ確実に関連していて,その程度は小さいものの重要である。これらのリスクは,治療開始初期および若年者において最も大きいようであり,おそらく用量に関連すると考えられる。

臨床における注意点

  • 抗精神病薬の投与を開始したすべての患者(特に若年患者)を対象に,以下のような静脈血栓塞栓症の徴候について綿密にモニタリングする。
    • ふくらはぎの疼痛または腫脹
    • 突然の呼吸困難
    • 心筋梗塞の徴候(胸痛,悪心等)
    • 脳卒中の徴候(突然の半身の脱力等)
  • 最小有効用量を投与する。
  • 十分な水分摂取と運動を奨励する。

<編集協力者コメント>
  • 本邦においても,診療報酬データを用いた大規模調査で,大うつ病および統合失調症の診断と肺塞栓症との関連が報告されている(Takahashi et al. J Clin Psychiatry 2021)。抗精神病薬の投与は少なからずリスクの増加に寄与すると考えられるが,その他にも静脈血栓塞栓症の既往,行動制限や鎮静の有無など様々なリスク因子を考慮しながら,予防と早期発見に努めることが重要である(日本総合病院精神医学会教育・研究委員会,静脈血栓塞栓症予防指針 2006)。

(水野 裕也)

参照文献
  1. Häfner H, et al. Thromboembolic complications in neuroleptic treatment. Compr Psychiatry 1965; 6:25–34.
  2. Zornberg GL, et al. Antipsychotic drug use and risk of first-time idiopathic venous thromboembolism: a case-control study. Lancet 2000; 356:1219–1223.
  3. Zhang R, et al. Antipsychotics and venous thromboembolism risk: a meta-analysis. Pharmacopsychiatry 2011; 44:183–188.
  4. Barbui C, et al. Antipsychotic drug exposure and risk of venous thromboembolism: a systematic review and meta-analysis of observational studies. Drug Saf 2014; 37:79–90.
  5. Ishiguro C, et al. Antipsychotic drugs and risk of idiopathic venous thromboembolism: a nested case-control study using the CPRD. Pharmacoepidemiol Drug Saf 2014; 23:1168–1175.
  6. Wang MT, et al. Use of antipsychotics and risk of venous thromboembolism in postmenopausal women. A population-based nested case-control study. Thromb Haemost 2016; 115:1209–1219.
  7. Letmaier M, et al. Venous thromboembolism during treatment with antipsychotics: results of a drug surveillance programme. World J Biol Psychiatry 2018; 19:175–186.
  8. Parker C, et al. Antipsychotic drugs and risk of venous thromboembolism: nested case-control study. BMJ 2010; 341:c4245.
  9. Di X, et al. Antipsychotic use and risk of venous thromboembolism: a meta-analysis. Psychiatry Res 2021; 296:113691.
  10. Liu Y, et al. Current antipsychotic agent use and risk of venous thromboembolism and pulmonary embolism: a systematic review and meta-analysis of observational studies. Ther Adv Psychopharmacol 2021; 11:2045125320982720.
  11. Hagg S, et al. Risk of venous thromboembolism due to antipsychotic drug therapy. Exp Opin Drug Saf 2009; 8:537–547.
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  17. Brauer R, et al. Antipsychotic drugs and risks of myocardial infarction: a self-controlled case series study. Eur Heart J 2015; 36:984–992.
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