ノンコンプライアンス期間後の向精神薬の再開
入院する際によくあるシナリオは,本人が入院前の一定期間,薬剤を服用していなかったというものである。臨床上,その薬剤を再開すべきか,再開するとしたらどれくらいの用量とすべきかという判断は複雑になる。離脱症状および再発のリスクを,薬剤をあまりにも急に再投与した場合の副作用のリスクに対して比較考量しなければならない。この分野に関しては発表されているエビデンスがほとんどなく,以下に示す製薬会社の指針(情報源が未記載)の多くには慎重に従うべきである。
製品概要(SPC)やその他公式の規制文書はこのような臨床シナリオには対応していない傾向にあるが,公式の患者用情報リーフレットでは対応していることが多い。これらのリーフレットには一様に,飲み忘れがあった場合でも2回分を一度に服用してはならないことが記されている。1回分を飲み忘れた場合にどうするかのみ書かれたものが大半である。このようなとき,一部のリーフレットでは,次の服用時間が迫っていない場合は飲み忘れた分をその後に服用するように勧めているが,飲み忘れた分はそのままにして,次回の服用時間から再開することを勧めているケースもある。
2回以上飲み忘れた場合には,その薬剤は本人に適しているかどうかという疑問がまず生じる。コンプライアンス不良は,当事者側の何らかの不満を示していることが多い。半減期が短い薬剤や,用量の漸増に時間がかかる薬剤は,頻繁にノンコンプライアンスとなる症例において処方を再開することは不適切である可能性がある。同様に,本人がアルコールまたは薬物の影響下にある場合,その時点で薬剤を再開するのは妥当ではない可能性がある。ノンコンプライアンスに特別な理由があるかどうかも探る。統合失調症および統合失調感情障害では,持効性注射剤が適切かどうかを検討する。
薬剤を同じ用量で再開するかどうか,低用量から漸増するかどうかについては,明らかに最終投与からの経過時間が極めて重要である。1,2週間が過ぎた場合,どの薬剤でも新規治療と同様に再開する必要があるだろう(ただし,漸増を必要としない多くの薬剤では,結局は以前と同じ用量での再開となる)。例外は,持効性注射製剤と,アリピプラゾール,cariprazine,penfluridol等の半減期の長い経口薬のみである。
表14.1に,著者らの推奨事項を要約する。第一の欄の薬剤は,安全上特に注意すべき事項がある薬剤である。一定の期間服用しなかった場合は再漸増が必要となる。中欄の薬剤は,最大用量が通常推奨される最大開始用量を超えないため,安全と考えられる。右欄の薬剤は,中欄に同種の薬剤が掲載されているか,臨床経験から安全であることが示唆されている,あるいは漸増せずに高用量を投与することによるリスクは低いと考えられていることから,以前の用量で再開しても安全と考えられる。
表14.1 経口投与の中止から 2 週間後までの薬剤の再開[データは EU 規制文書(SPC)2 より入手]
再漸増を必要とする薬剤 | 以前と同じ用量での再開でも通常は安全である薬剤 | 以前と同じ用量での再開でもおそらく安全である薬剤 | ||
薬剤 | 再漸増が必要となるノンコンプライアンス期間 | 参照 | ||
クロザピン | 48時間 | Chapter 1の「クロザピンを中断後に再開する場合」を参照 | アカンプロサート アセナピン fluoxetine ハロペリドール isocarboxazid ロフェプラミン メチルフェニデート phenelzine スルピリド tranylcypromine バルプロ酸 |
抗精神病薬(クロザピン,クエチアピン,リスペリドンを除く) カルバマゼピン コリンエステラーゼ阻害薬 CNS刺激薬 ジスルフィラム リチウム(腎機能が変化した場合は漸増が推奨される) MAOI メマンチン naltrexone その他の抗うつ薬(ただし鎮静作用に対する耐性の低下に注意) プレガバリン SSRI TCA(ただし鎮静作用および血圧低下作用に対する耐性の低下に注意) |
ラモトリギン | 3-7日 | 本文中の考察を参照 | ||
メサドン | 3日 | Chapter 4の「オピオイド依存症」を参照 | ||
ブプレノルフィン | 3日 | |||
パリペリドン持効性注射剤 | 製剤により異なる | Chapter1の「パルミチン酸パリペリドン持効性注射剤」を参照 | ||
アリピプラゾール持効性注射剤 | 2回目または3回目の投与を受けなかった場合は5週間超 長期治療の場合は6週間超 |
Chapter1の「アリピプラゾール持効性注射剤」を参照 |
CNS:中枢神経系,MAOI:モノアミン酸化酵素阻害薬,SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬,TCA:三環系抗うつ薬
ラモトリギン
ラモトリギンは生命を脅かす皮膚反応に関連し,特に初回に高用量であると,この傾向が強い。したがって,製品情報では,ラモトリギンの最終投与から半減期の5倍の期間が経過した場合,初めて投与する場合と同様に漸増すべきであると推奨している。他の薬剤を服用していない健常被験者における半減期は33時間前後である。半減期は他の薬剤の影響を受け,例えばカルバマゼピンやフェニトイン等のグルクロン酸抱合を誘発する薬剤と併用した場合は約14時間である。バルプロ酸と併用した場合,半減期は約70時間に延長される。つまり,完全な再漸増が必要となるまでの期間は,併用している薬剤によって3-7日間と変化する1。
(小澤 千紗)
参照文献
- Aurobindo Pharma – Milpharm Ltd. Summary of Product Characteristics. Lamotrigine 25mg Tablets. 2019; https://www.medicines.org.uk/emc/product/4736/smpc.
- EMC. https://www.medicines.org.uk/emc/; accessed June 2020.