モーズレイ処方ガイドライン第14版(The Maudsley PrescribingGuidelines inPsychiatry 14thEdition)menu open

精神刺激薬依存症の薬物療法

乱用が最も多い精神刺激薬はコカイン(塩酸塩と遊離塩基がある),硫酸アンフェタミン,塩酸メタンフェタミンである。これらの薬物は,吸入(鼻から吸引)(例:コカイン塩酸塩,硫酸アンフェタミン),喫煙(遊離型コカイン),注射で使用される。世界のほとんどの地域で,精神刺激薬の使用,乱用および依存は比較的よくみられる。精神刺激薬は単剤で使用される場合もあれば,ヘロインとクラック・コカイン,粉末コカインとアルコール,メタンフェタミンとγ-ブチロラクトン(GBL)等,他の薬物と併用される場合もある1

精神刺激薬の乱用および依存症の治療薬として様々な薬剤が評価されている。初期の研究で有望な結果が得られた薬剤も一部あるが,これまでに効果が確認されたものはない2, 3。多くの場合,精神刺激薬の使用は治療を行わなくても,害を最小化するための助言や心理教育だけで自然に消失するであろう。精神刺激薬がアルコール,ヘロインまたはGBLと併用されている場合は,併存する依存症に対する有効な治療により精神刺激薬の使用が低減するかもしれない。精神刺激薬に依存している患者では,随伴性マネジメントを含む方法に最も大きな効果が認められていることが,研究により示唆されている。多くの患者は,Cocaine Anonymous,Crystal Meth Anonymous,Rational Recoveryのような相互支援やピアサポートを通じて断薬に至る。コカイン依存症の有効な治療法についての詳細は,英国の臨床ガイドラインに記載されている1

コカイン

解毒

離脱症状には抑うつ気分,激越,不眠等がある。これらの症状は通常,治療なしでも経過とともに治まる。コカインの短い半減期や,多量で使用されやすい特徴を考えると,多くの患者は実質上,薬物治療を行わずに定期的に解毒されている。睡眠薬の短期的な使用等で症状を軽減することは患者によっては有用かもしれないが,一部の患者では睡眠薬自体への依存が引き起こされる可能性がある1

代替治療

コカイン乱用に対する代替治療についてはエビデンスがほとんど得られていないため,薬剤を積極的に処方すべきではない1-3

アンフェタミン

「街で手に入る薬物」であるアンフェタミン,メタンフェタミン,薬剤としてのdexamfetamine等,様々な種類のアンフェタミン類が乱用されている。このクラスの薬物はすべて乱用される危険性がある。

解毒

依存症患者では離脱症状がよくみられる。多くのアンフェタミン離脱症状(気分の低下や倦怠感,疲労感等)は一時的で,薬物療法の余地は少ないと思われるが,治療は症状の軽減に焦点を当てるべきである。不眠は短期間の睡眠薬投与により治療できるが,その場合も睡眠薬自体への依存のリスクがあることに注意する1-3

維持療法

アンフェタミン依存症に対するdexamfetamine(またはその他の精神刺激薬)による維持療法は,十分なエビデンスがないため始めるべきではない1-3

現在,dexamfetamineを処方されている患者

英国では,薬物依存に対する維持療法としてdexamfetamineを長年処方されている患者もいまだにいる。理想的には,このような患者は数ヵ月以上かけて緩徐に解毒していくべきである。しかし,強制的な解毒は,一部の患者でdexamfetamineの処方を継続するよりも悪い結果を招く場合もある。そのような場合には,dexamfetamineの処方を継続することが最良である可能性がある。dexamfetamineの処方継続を決定するのは,薬物乱用の専門医のみとすべきである1

多剤乱用

オピオイドとコカインの依存症患者では,オピオイド依存症に有効な治療法であるメサドンやブプレノルフィンによる代替治療により,コカインの使用が減少する可能性がある1

精神刺激薬の使用に伴う精神病症状

メタンフェタミンの使用に伴う精神病症状は,使用頻度およびメタンフェタミン依存症の重症度に関連している4 。多くの場合,あるいはほとんどの場合といってもいいかもしれないが,精神病症状は中毒の消失とともに,すなわち1日程度経過すれば消失すると考えられる。メタンフェタミンの使用後に短期間で生じる急性精神病症状により救急科を受診した患者の大半は,例えば激越に対してジアゼパム5-10mgを必要に応じて4-6時間毎に投与する等,簡単な鎮静5 と十分な休息で管理できる。しかし,一部の患者では,Chapter 2 に記載した急性精神病の治療と同様の,より強力な治療が必要であるかもしれない。

ただし,精神刺激薬の使用を背景として生じる精神病症状は,継続使用により進行し,多量に使用するたびに症状がより早期に発現し,より長期間持続することに注意すべきである。中央値で患者の25%が,メタンフェタミン摂取後1ヵ月経っても症状が持続していると報告している6 。中毒によって生じる精神病が被害的な妄想および幻触を伴うのに対し,メタンフェタミンの使用に伴うより持続的な精神病は,迫害妄想および幻聴を特徴とし,多くは二次的ではない精神病性障害と識別できない6 。救急科では,明確な診断を下すのが困難な場合がある。初期にメタンフェタミンによる精神病と診断された患者の16-38%が,後に統合失調症と診断されている6

急性期では,激越を伴う精神病で受診したメタンフェタミン使用者における別の重要な鑑別疾患はGBL離脱せん妄であり,精神刺激薬/GBLを多剤併用しているパターンが多い。精神刺激薬中毒とGBL離脱せん妄は共に自律神経の過活動,激越,幻覚といった症状を呈する。後者は,ベンゾジアゼピン系薬剤による高用量かつ長期の投与を要する[本Chapterで後述する「γ-ブチロラクトン(GBL)とγ-ヒドロキシ酪酸(GHB)依存症」の項を参照]。

すでに述べたように,救急科では,激越に対する初期治療はベンゾジアゼピン系薬剤による簡単な鎮静で十分であることが多い。抗精神病薬が適応となる場合,メタンフェタミンを使用している患者では錐体外路副作用(EPSE)が発現する確率が4倍であることを覚えておくべきである7 。EPSEを引き起こす傾向が低い薬剤を使用すべきであり,オランザピンの有効性を示すエビデンスがある。オランザピンとベンゾジアゼピン系薬剤は併用すべきではないため,急速鎮静にはアリピプラゾールが望ましい場合がある。ハロペリドールは用いるべきではない。ほとんどの患者で症状は2-3週間以内に消失するため,また,メタンフェタミンに関連する精神病に対する抗精神病薬の予防的処方の有益性を裏付けるエビデンスはないため,投与継続に関して早期かつ継続的に見直しを行うことが重要である8

精神刺激薬に関連する抑うつ症状

一部の患者では,精神刺激薬の断薬期間早期に快楽消失が深刻となる場合がある。多くの場合,そのような気分の低下は断薬の継続と支持的な心理社会的介入により消失する1 。気分の低下が持続する患者では心理療法が有効であるが9 ,中毒患者では施設における制約のため利用するのが難しいかもしれない。

物質依存そのものに対する治療薬として抗うつ薬を評価した試験で,抑うつ症状を副次的評価項目として評価しているものもある。主に三環系抗うつ薬に関して,精神刺激薬に関連する抑うつ症状を軽減することを示すエビデンスがいくらかあるが10,三環系抗うつ薬には心毒性があるため,併存疾患を有する物質乱用者には推奨されない11。SSRIの使用を支持するエビデンスはなく,実際,SSRIは精神刺激薬との重大な相互作用があり1 ,治療が続かないことが多い9

(内田 貴仁)

参照文献
  1. Department of Health and Social Care. Drug misuse and dependence: UK guidelines on clinical management. 2017; https://www.gov.uk/government/publications/drug-misuse-and-dependence-uk-guidelines-on-clinical-management.
  2. Siefried KJ, et al. Pharmacological treatment of methamphetamine/amphetamine dependence: a systematic review. CNS Drugs 2020; 1–29.
  3. Ronsley C, et al. Treatment of stimulant use disorder: a systematic review of reviews. PloS One 2020; 15:e0234809.
  4. Arunogiri S, et al. A systematic review of risk factors for methamphetamine-associated psychosis. Aust N Z J Psychiatry 2018; 52:514–529.
  5. Isoardi KZ, et al. Methamphetamine presentations to an emergency department: management and complications. Emerg Med Aust 2019; 31:593–599.
  6. Voce A, et al. A systematic review of the symptom profile and course of methamphetamine-associated psychosis: substance use and misuse. Subst Use Misuse 2019; 54:549–559.
  7. Temmingh HS, et al. Methamphetamine use and antipsychotic-related extrapyramidal side-effects in patients with psychotic disorders. J Dual Diag 2020; 16:208–217.
  8. Shoptaw SJ, et al. Treatment for amphetamine psychosis. Cochrane Database Syst Rev 2009; CD003026.
  9. Farrell M, et al. Responding to global stimulant use: challenges and opportunities. The Lancet 2019; 394:1652–1667.
  10. Pani PP, et al. Antidepressants for cocaine dependence and problematic cocaine use. Cochrane Database Syst Rev 2011.
  11. Lingford-Hughes AR, et al. BAP updated guidelines: evidence-based guidelines for the pharmacological management of substance abuse, harmful use, addiction and comorbidity: recommendations from BAP. J Psychopharmacol 2012; 26:899–952.