モーズレイ処方ガイドライン第14版(The Maudsley PrescribingGuidelines inPsychiatry 14thEdition)menu open

承認されている適応症以外の処方(「適応外」処方や既承認薬の適応外使用)

医薬品の製品ライセンス(Product License:PL)が下りるのは,治療対象となる疾患の重症度や他の治療法に鑑みて,当該薬剤の当該疾患に対する有効性が証明されるとともに,副作用プロファイルが容認可能なものであるという,規制当局の要件を満たした場合である。承認された適応は,その製剤毎のものであり,製品概要(SPC)に記述され,同じ薬剤であっても先発品と後発品で異なることもある1。米国における医薬品の“labeling”は,EUにおける“licensing”と法的位置付けが同様である。

製薬会社は,見込まれる売上高と必要な臨床試験実施コスト間のバランスをとり,本質的に商業上の観点からどの適応に対してPLを申請するかを決定する。したがってある薬剤は,適応として承認された疾患の状態,年齢範囲,用量,治療期間以外でも有効な場合がある。正規のPLまたは添付文書がないことは,単にその適応症以外の症状で当該薬剤の有効性を裏付ける対照試験がないことを表している場合がある。また,十分なエビデンスはあるが,製薬会社が承認申請をしなかったという場合もある[例:全般性不安障害(GAD)に対するセルトラリンやクエチアピン]。ただし,試験は実施したが,結果が否定的または曖昧であったという可能性もあるので,注意が必要である。臨床医は作用機序が似ていればある適応症に対して同様に有効であろうと考える傾向にあり,多くの場合はこの判断は正しいかもしれない。例えばアリピプラゾール,オランザピン,クエチアピン,リスペリドンは認知症の行動・心理症状(BPSD)の抑制に対して同様に有効であるが2,EUにおいてこの適応症に対して承認されているのはリスペリドンだけである。

ライセンスまたは添付文書の範囲内で薬剤を処方しても,患者に一切有害な影響が生じないと保証されるわけではない。同様に,承認された適応症以外に処方したからといって,自動的にリスク・ベネフィット比が損なわれるわけでもない。上記のBPSDの例では,リスペリドンの忍容性が他の抗精神病薬より明らかに優れているというわけではない2。一般に「適応外」処方と呼ばれる,承認された適応範囲外の処方では,処方者側により多くの責任が課せられ,自身の行為が,一般に重んじられている医学的見解に従って行われたものであることを立証でき(Bolam test)3,なおかつその行為が論理的分析に耐えうるものであることを立証できる(Bolitho test)4ことが求められる。以下のモンゴメリ対ラナークシャー保健局の訴訟の判決は,両要件に取って代わるものとなっている,ないしは少なからず両要件が明確化されたものとなっている5

健全な精神の成人は,受けられる治療の形態が複数ある場合,いずれを受けるのかを決定する権利があり,また患者の身体的完全性を損なう治療を実施する前には同意を得なければならない。そのため医師は,合理的な治療を行い,推奨されるすべての治療に関連する具体的なリスク,および合理的な代替的治療法または別の治療法を患者が認識できるようにする義務がある。重要性の検証は,特定の症例の状況において,患者の立場にある合理的な人物がリスクを重要視する可能性があるか否か,もしくはその患者がリスクを重要視する可能性があることを医師が認識するか,または合理的に認識するものと予測されるか否かとなる。

このように,少なくとも英国においては,すべての薬剤の処方に関連する具体的なリスクを患者に認識させ,代替的な治療法の概要を示す義務が処方者にある。

英国医事委員会は医師が適応外処方を行うことを認めているが,有効性および安全性を裏付ける十分なエビデンスまたは経験があることを処方者が確信している場合のみとしている6

米国では,「正当な医療者-患者関係の範囲内」での適応外処方は合法である7。適応外使用の宣伝は禁止されているが,自発的な依頼に応じた情報提供は可能である8。適応外処方は,米国において精神疾患に対する処方全体の13%を占めると推定されている9

精神科での適応外処方の裏付けとなるエビデンスは,他の診療科と比べて弱い可能性があると示唆されている10。精神科では小規模の検出力の低い研究(信頼区間が広い)が診療に影響を与えることが多く,特に治療抵抗性の疾患の場合に当てはまる(非常に多数の例が本書に記載されている)。これらの小規模研究をメタ解析で統合すると,かなりの不均一性が見出されることが多く,出版バイアス(つまり一部の否定的な研究の未公表)が疑われる。したがって,有効性および/または忍容性を支持するエビデンスがないままに,治療が「日常的慣習および診療」に組み込まれ,その後により大規模で確実性が高く否定的な研究・メタ解析の結果が出ても,相変わらず用いられ続けることがある。統合失調症におけるオメガ-3脂肪酸の使用はこのよい例である。精神疾患以外の疾患における向精神薬の広範な適応外処方の一例としてはアミトリプチリンがあり,この薬剤は英国のプライマリ・ケアにおける処方の93%が適応外である11

英国王立精神医学会の精神薬理専門グループは,承認外適応に対する薬剤の使用に関するコンセンサス声明を発表しており12,これは2017年に更新された13。それによれば,成人対象の一般精神医療では承認外適応に対する処方はよく行われており,横断研究で,最大50%の患者に1剤以上の薬剤が適応症以外の用途で処方されていることが示されている。18歳未満の患者や65歳超の患者,学習障害者,妊婦または授乳婦,司法精神医療の対象患者では,この種の処方が行われる率がさらに高くなる可能性があることも指摘されている。コンセンサス声明に示された主な推奨事項を以下に要約する。

「適応外」処方を行う前に,
  • 他の承認された選択肢を除外する(例:既承認の治療法が無効と判明した,もしくは忍容性が不良と判明した)。
  • 意図する承認外適応の根拠となるエビデンスをよく確認する。不確かな場合は,別の医師(および専門の薬剤師でもよい)の助言を仰ぐ。
  • 当該治療案のもつ潜在的リスクとベネフィットを考慮し,文書に記録する。このリスク評価結果を患者や介護者(該当する場合)と共有する。話し合いの内容,患者の同意もしくは同意能力の欠如を文書に記録する。
  • 処方責任がプライマリ・ケアと重複している場合,リスク評価および同意に関する問題をかかりつけ医と共有する。
  • 有効性と副作用をモニタリングする。低用量から開始し,徐々に増量する。
  • 知識体系を増やすために,症例の公表を検討する。
  • 無効である場合,または発生したリスクがベネフィットを上回る場合は,投与を中止する。
承認外適応に対する使用がより実験的であるほど,上記の指針を遵守することがより重要となる。

<編集協力者コメント>
本邦での,医薬品の適応外使用に係る保険診療上の取扱いについては,旧厚生省による「昭和 55 年通知」がある。

(岩田 祐輔)