モーズレイ処方ガイドライン第14版(The Maudsley PrescribingGuidelines inPsychiatry 14thEdition)menu open

救急入院患者における薬剤誘発性の急性行動障害(ABD)

ABDあるいは「興奮性せん妄」は,あまり認識されていないが生命を脅かしうる症候群であり,せん妄,攻撃性,生理反応の調節不全をきたす1 。原因として違法薬物が最も多く,特にコカイン,合成カンナビノイド(「Spice」)等の新精神活性物質(NPS),メフェドロン等の精神刺激薬でよくみられる。薬物離脱や,医学的原因によるせん妄もABDを引き起こす場合もある2

本項の目的は,違法薬物の急性作用により自分または他人を危険にさらす行動をとる人に対して必要となるアプローチについて,注意を促すことである。「急性行動障害」も「興奮性せん妄」も一般に認められた診断名ではなく,いずれの用語も大いに議論の余地がある。本項ではこれらの用語を使用するが,これらの用語に含まれうる病態や状況につながると予測できる何らかの要因があることを意味するものではない。具体的にいうと,生理機能低下が起こる場合も起こらない場合もあるが,そのような機能低下が,違法薬物の急性使用による行動の変化や違法薬物の使用そのものに必ずしも結びつくわけではない。有効かつ安全な治療には早期の介入およびディエスカレーションが決定的に重要である。このような患者に対する身体拘束は生命へのリスクがかなり大きいため,可能であれば避けるべきである。

病態生理

せん妄では失見当識および「戦うか逃げるか」反応が生じ,「逃走」しようとする身体運動により高熱およびカテコールアミン放出が引き起こされる3 。続いて高熱が横紋筋融解症(およびクレアチンキナーゼ上昇)を引き起こし4 , せん妄を悪化させる 5 。交感神経のカテコールアミン分泌が過剰になることでQT間隔延長が生じ,心筋が「動かなくなる」こともある6 。過剰な筋活動,カテコールアミン上昇,高熱および脱水は,代謝性アシドーシスと二酸化炭素産生に寄与する。頻呼吸の症状が現れ,そうなるとやがて心血管虚脱に至ることもある。

同定

この病態に特徴的な症状はないが,1件の前方視的研究で,最もよくみられる症状は暴力的行動,疼痛耐性の上昇および絶え間ない活動であることが示されている7 。速い呼吸,疲労感の欠如,異常高熱,触知可能な高熱も報告頻度が高い 8

管理

口頭によるディエスカレーションで患者を落ち着かせ,本人と他人の周囲の安全を確保するよう努める。せん妄患者に用いる見当識を促す標準的な方法が有用であるかもしれない。身体的接触を最小限に抑え,拘束は高熱およびカテコールアミン放出を亢進させて転帰を悪化させる可能性があることを認識しておく9 。攻撃性を抑制し,持続する発熱およびカテコールアミン放出を抑えるために,鎮静が重要である。ジアゼパム,ロラゼパム,ミダゾラム等のベンゾジアゼピン系薬剤や10,ハロペリドール,ドロペリドール,オランザピン,クロルプロマジン等の抗精神病薬10, 11 の筋注投与や,それらの薬剤の併用12 を支持するエビデンスがある。神経遮断薬悪性症候群のリスクがあるため注意が必要である。

安全に測定できる場所で脈拍数,血圧および体温を記録する。NPSでは通常,尿中薬物スクリーニングを用いる妥当性は限られるが,原因化合物を同定できる臨床検査機関も多い。ECGは患者を鎮静させるまでは実施できない可能性が高い。完全な評価と治療を行うには,救急車で救急科(ED)に搬送する必要がある13。患者を制御しサポートするには精神科看護が必要となるかもしれない。EDでは,鎮静薬としてケタミン筋注が望ましく,2-4mg/kgで用量反応関係から予測可能な効果が得られる14。解熱薬は冷却には効果的ではなく,冷却輸液の静脈内投与,水の噴霧,氷嚢による全身冷却が必要であろう。

転帰

死亡率については,非科学的な観察によるデータ15 があるのみで,明らかにされていない。NPS使用に関連する生理機能低下は,見落とされる場合や予期されていない場合がある。死亡リスクは高熱の持続時間および最高体温に関連し,体温が42℃を超えると通常,転帰は極めて不良である。25kg/m2 を超える体格指数も転帰不良に関連する。非致死的な場合はほとんどの症例が短時間で落ち着き,48時間以内に完全に回復するが,長期的に心臓,腎臓および肝臓に障害が起こる可能性がある。

(内田 貴仁)

参照文献
  1. Tracy DK, et al. Acute behavioural disturbance: a physical emergency psychiatrists need to understand. B J Psych Advances 2020:1–10
  2. Kennedy DB, et al. Delayed in-custody death involving excited delirium. J Correct Health Care 2018; 24:43–51.
  3. Bunai Y, et al. Fatal hyperthermia associated with excited delirium during an arrest. Leg Med (Tokyo) 2008; 10:306–309.
  4. Borek HA, et al. Hyperthermia and multiorgan failure after abuse of ‘bath salts’ containing 3,4-methylenedioxypyrovalerone. Ann Emerg Med 2012; 60:103–105.
  5. Otahbachi M, et al. Excited delirium, restraints, and unexpected death: a review of pathogenesis. Am J Forensic Med Pathol 2010; 31:107–112.
  6. Wittstein IS, et al. Neurohumoral features of myocardial stunning due to sudden emotional stress. N Engl J Med 2005; 352:539–548.
  7. Hall CA, et al. Frequency of signs of excited delirium syndrome in subjects undergoing police use of force: descriptive evaluation of a prospective, consecutive cohort. J Forensic Leg Med 2013; 20:102–107.
  8. Baldwin S, et al. Distinguishing features of excited delirium syndrome in non-fatal use of force encounters. J Forensic Leg Med 2016; 41:21–27.
  9. Stratton SJ, et al. Factors associated with sudden death of individuals requiring restraint for excited delirium. Am J Emerg Med 2001; 19:187–191.
  10. Isbister GK, et al. Randomized controlled trial of intramuscular droperidol versus midazolam for violence and acute behavioral disturbance: the DORM study. Ann Emerg Med 2010; 56:392–401 e391.
  11. Page CB, et al. A prospective study of the safety and effectiveness of droperidol in children for prehospital acute behavioral disturbance. Prehosp Emerg Care 2019; 23:519–526.
  12. O’Connor N, et al. Pharmacological management of acute severe behavioural disturbance: a survey of current protocols. Aust Psychiatry 2017; 25:395–398.
  13. Wetli CV, et al. Cocaine-associated agitated delirium and the neuroleptic malignant syndrome. Am J Emerg Med 1996; 14:425–428.
  14. Li M, et al. Evaluation of ketamine for excited delirium syndrome in the adult emergency department. J Emerg Med 2019.
  15. Baldwin S, et al. Excited delirium syndrome (ExDS): situational factors and risks to officer safety in non-fatal use of force encounters. Int J Law Psychiatry 2018; 60:26–34.