モーズレイ処方ガイドライン第14版(The Maudsley PrescribingGuidelines inPsychiatry 14thEdition)menu open

イングランドおよびウェールズにおける精神保健法

1983年精神保健法(MHA)(2007年に改正)は,イングランドおよびウェールズにおける制定法であり,精神障害例を病院で拘束および治療するための枠組みを示している。本法では,地域社会におけるそうした症例の監視も許可している。

ここでは,処方者が日常の業務において遭遇しうる状況に関係する各項の簡単な要約を示す。網羅的な一覧ではない。本法には,医業実践者のための法律に則った実務規範が記載されており,規範の第25章には本法の治療規則に関する詳細な指針が示されている1。MHAはwww.legislation.gov.ukで閲覧できる。

市民および司法精神医療関連の拘束の項

第2項  最長28日間の評価のための入院
第3項  最長6ヵ月継続する可能性があり,かつ延長可能な治療のための入院
第36項  病院での治療のための拘束
第37項  裁判所による入院命令(第3項と同様に施行)
非公式第37項(Notional 37)  第37項と同様に扱われている。“Notional 37"は様々な状況下で非公式に用いられる。1つの事例としては,患者が以前に第47項/第49項下で拘束され,その拘束命令が終了した場合である。
第38項  仮入院命令
第41項  拘束命令─退院を制限する刑事裁判所の命令。第37項とともに,第37項/第41項として記載される。
第47項  収監者用病院への移送
第49項  通常第47項に伴う拘束命令(第47項/第49項として記載)
第48項  刑の宣告を受けていない緊急の治療が必要な収監者に適用され,第49項を伴う(第48項/第49項として記載)
第58項 同意またはセカンドオピニオンを要する治療
法律では第58項の施行について説明する義務があるのは担当医師(RC)であることに注意すること

第58項の下で治療する権限は,精神障害の治療についてのみであることに留意することが重要である。(一般的に)身体的治療は,通常の同意取得規則か,患者に決定能力がない場合は,意思決定能力法の権限により決定される。

RCは通常,患者への助言を行う。

拘束の最初の3ヵ月間は,RCが,精神障害の治療のため上記の拘束の項の1つに該当する人物に(同意の有無に関わらず)薬物療法を行うことができる。その後は,患者の同意またはセカンドオピニオンを得なければならない。この3ヵ月間の起算日は,当該患者を拘束中に精神障害の薬物療法を最初に行った時点である。これには,第2項下で拘束されており,その後中断なく第3項に変更され,第3項下で拘束される患者が含まれることに注意する。実際には,この3ヵ月の規則は通常,拘束初日を起算日とする。

本人が治療に同意したら,RCが様式T2に記入する。

本人が同意しない場合または同意する能力がない場合,セカンドオピニオン指名医師(SOAD)が様式T3に記入する。

本実務規範の第25.75節に推奨されるように,様式T2およびT3の写しをカルテとともに保管すること1

様式T2およびT3の記入

様式には以下の項目を記入する。

  • 薬剤または薬剤群の名称
  • 薬剤群を記載する場合,1回に許可される薬剤数
  • 投与経路
  • 英国医療用医薬品集(BNF)の指針を基準とした最大投与量

例:BNFの最大投与限度量内の1剤の第二世代抗精神病薬(経口)

意思決定能力があり,治療に同意し,かつ特定の薬剤を服用する意思のみがあるケースについては,RCが様式T2に薬剤群の名称ではなく薬剤の名称を記入するのが適切である。

例:BNFの最大投与限度量内のオランザピン錠のみ(経口)

BNFに掲載されていない向精神薬は,適応症とともに様式T2またはT3に記載すればよい。

例:統合失調症の治療のための最大1日投与量25 mgのmelperone錠(経口)

例えば,統合失調症におけるオメガ-3 脂肪酸(魚油)等,精神障害の治療に用いられる向精神薬以外の薬剤を様式T2 およびT3 に記載する。抗精神病薬による流涎過多および錐体外路症状の治療に用いられる抗ムスカリン薬も記載する。

SOAD来診の調整および準備

本規範の第25.51節では以下のような記載がある。医師は,SOADの認定を求める前に,特に当該患者の薬物療法計画が複雑または通常ではない場合には精神医療専門薬剤師によるレビューを要請することを検討すべきである。

法定相談員

SOADは様式T3の発行前に2名の人物に相談する。そのうちの1名は看護師でなければならない。もう1名は看護師または医師でないこと。いずれも当該症例の治療に関与している人物とする。これらの2名は法定相談員として知られる。精神科薬剤師が当該患者の薬物療法の最近のレビューに関与していた場合は,この薬剤師が法定相談員の役割を担うこともある。

本規範の第25.56節では以下のような記載がある。

法定相談員はSOADと内密の協議を行い,慎重な聞き取りを受けることがある。法定相談員が質問される内容として以下の項目があるが,これらに限定されない。

  • 提案される治療法および本人がそれに同意する能力
  • 本人の過去および現在の意見や希望の把握
  • 他の治療選択肢および治療提案の決定に至った道筋
  • 本人の経過および介護者の見解
  • 該当する場合,治療を望まないケースに対する治療の強要の影響および本人が治療を拒否する理由

同意とは何か

本規範の24.34節では同意を以下のように定義している。

…特定の治療を受ける予定の症例が,その治療の目的,性質,ならびに治療成功の確率および代替法を含め考えられる効果およびリスクに関する十分な知識に基づいて,自発的かつ継続的な許可を与えること。あらゆる不公正または不当な圧力下で与えられる許可は同意ではない。

本人が正式に同意するには,本人が意思決定を行う「能力」を有していなければならない。

意思決定能力とは何か

2005年に制定された意思決定能力法では以下のような記載がある。

  • 意思決定能力を持たないことが立証されていない限り,意思決定能力を有するとみなさなければならない。
  • 意思決定を行うのに役立つあらゆる実行可能な措置をとっても成功しなかった場合を除いて,意思決定できないものとして取り扱ってはならない。
  • 単に賢明でない決定を下しただけで意思決定能力がないものとして取り扱ってはならない。

本人が以下の項目を行えない場合,意思決定能力がないものとみなす。

  • 治療決定に関する説明の理解
  • 説明されたことの記憶
  • 説明されたことを利用または比較考量して,意思決定に用いること
  • (会話,手話またはその他の手段のいずれかによる)自らの決定の伝達

当該症例が上記の4点のうち1点でも実施できなかった場合,意思決定能力がないとみなされる。能力は時とともに変化する可能性があるため,再評価が重要である。ある内容については意思決定能力がないが,別の内容では可能である場合もある。

第62項 緊急治療

3ヵ月後に,当該症例の精神障害を治療するために薬物療法が緊急に必要で,様式T2またはT3での記載がない場合,第62項を適用することもある。

本規範の第25.38節では以下のような記載がある。

以下を達成するために,当該治療が直ちに必要である場合にのみ適用する。

  • 本人の生命を救うこと
  • 本人の病状の重篤な悪化を防ぐこと。かつその治療が回復できないような望ましくない身体的または心理的転帰をもたらさないこと
  • 本人の重篤な苦痛を和らげること。かつその治療が回復できない望ましくない身体的または心理的転帰をもたらさず,重大な身体的危険を伴わないこと
  • 本人の暴力的な行動あるいは自傷他害を防ぐこと。かつ当該治療がこの目的を果たすために必要最低限であり,回復できない望ましくない身体的または心理的転帰をもたらさず,重大な身体的危険を伴わないこと

各トラストは,治療にあたる医師(通常はコンサルタント医師)が,治療の内容,その治療が直ちに必要である理由,および治療期間を記述できるように様式をデザインすべきである。

第132項 病院の管理者が,拘留されたケースに説明を行う義務

第132項および治療への同意について,本規範の第4.20節では以下のような記載がある。

本人には,精神障害に対する治療について本法にどのように記載されているかを話さなければならない。特に伝えなければならない内容は以下の通りである。

  • (あるとすれば)本人の同意なく治療が行われる可能性がある状況および患者が治療を拒否する権利を行使できる状況
  • セカンドオピニオン指名医師(SOAD)の役割およびSOADが関与する可能性のある状況
  • (該当する場合)電気けいれん療法(ECT)およびECTの一環として投与される薬剤に関する規程

電気けいれん療法(ECT)

第58a項はECTについて触れている。ECTに関する処置の許認可には以下の様式を用いる。

T4  同意を取得した18歳以上の成人においてRCまたはSOADが記入
T5  同意を取得した18歳未満のケースにおいてSOADのみが記入
T6  意思決定能力がないケースにおいてSOADのみが記入

ECTを受ける予定の18歳未満の症例はすべて,MHA下で拘留されているかどうかに関わらず,様式T5またはT6により治療実施に対する許認可を受けなければならない。

同意する能力がある症例は,同意がない限りECTを受けさせてはならない(しかし緊急時には,第62項により無効にできる)。ECTについては3ヵ月規則がなく,これはECTの一環として投与される薬剤にも適用される。このため,ECTの様式は,拘留初日の日付に関わらず手元になければならない。これらの様式では,受ける予定の治療の最大数を示すこと(実務規範第25.23節)。

地域社会のケース

強制通院命令(CTO)を科されたケースでは,以下の様式のうちのいずれかで許可される治療を受けるものとする。

CTO11  SOADが記入。CTO開始1ヵ月後。当該症例に意思決定能力がない場合
CTO12  RCが記入。当該症例に意思決定能力があり,治療に同意している場合。CTO開始1ヵ月後

地域社会においては本人が薬物療法を拒否した場合にこれを実施する法的権限はない。

<編集協力者コメント>
本邦においては強制通院命令(CTO)に相当するようなシステムはないが,中国やマレーシアなどには存在する。

(岩田 祐輔)

参照文献
  1. Department of Health. Code of practice: Mental Health Act 1983. Last updated 31 October 2017. https://www.gov.uk/government/publications/code-of-practice-mental-health-act-1983#history.