モーズレイ処方ガイドライン第14版(The Maudsley PrescribingGuidelines inPsychiatry 14thEdition)menu open

抗うつ薬と性機能障害

性機能障害は一般集団でよくみられるが,信頼性のある正確なデータはない1。報告されている有病率は,性機能障害の定義や評価方法,データ収集の方法によって変わる1。身体疾患,精神疾患,物質乱用,処方されている治療薬はすべて性機能障害を引き起こしうる2。うつ病患者は一般集団と比較して,肥満3,糖尿病4,心血管疾患5を伴う場合が多いため,うつ病それ自体の影響を除いても,性機能障害が生じる可能性が相対的に高くなるのかもしれない。

治療による性機能障害が発現するとQOLに有害な影響を及ぼし,コンプライアンスが低下する可能性があるため6,抗うつ薬の処方前に,投与前の性機能を評価すべきである。評価には質問票や評価尺度が有用であろう[例:Arizona Sexual Experience Scale(ASEX)7]。評価尺度を用いない場合は,患者に性機能について直接質問すべきであり,患者による自発報告に頼るよりもはるかに有効である8。性機能障害の訴えがある場合は,原因となっている内科的疾患や精神科的問題の進行,または治療が不十分であることを示している可能性もある。性機能障害は薬物治療が原因のこともあり,介入によりQOLが大きく改善する可能性がある6

うつ病の影響

うつ病自体,およびその治療のために使用される薬剤の両方が,性的欲求や性的興奮の障害,およびオーガズムの障害を引き起こしうる。性機能障害の特徴を正確に判断すれば,原因がうつ病なのか,治療なのかということが判明するかもしれない。例えば,うつ病患者のうち,診断の前月に性欲の減退と性的興奮に関する問題を報告した患者は40-50%であったが,抗うつ薬を服用する以前にオーガズムの問題を経験した患者は15-20%にすぎない9。性欲喪失を伴う患者の割合は,うつ病の重症度に応じて増加する10

多くの患者で抗うつ薬服用中に性機能障害が発現するが,抑うつ症状の軽減に伴い性欲や性的満足感が改善する患者もみられる6。そのような改善は,抗うつ薬治療に反応する患者でより多くみられるようである6。例えば,STARD試験のデータの事後解析では,性機能障害はcitalopramの投与でうつ病が寛解した患者では21%,寛解しなかった患者では61%で問題となることが明らかになった11

抗うつ薬の影響

抗うつ薬は,鎮静,ホルモンの変化,コリン作動性/アドレナリン作動性のバランスの乱れ,末梢のαアドレナリン作動作用,一酸化窒素の阻害,セロトニン神経伝達の増大を起こす可能性があり,これらはいずれも性機能障害を引き起こしうる。性機能障害はすべての抗うつ薬の副作用として報告されているが,発生率は様々である(表3.20参照)。また,個人の感受性は多様であり,少なくとも部分的には遺伝的に決定されているのかもしれない12

表3.20 抗うつ薬による性機能障害(SD)の頻度の比較10, 12, 17-19

抗うつ薬 性的反応への影響 コメント12
性欲 性的興奮 オーガズム
agomelatine SD発生率はプラセボと同様かもしれない6
bupropion +/- 他のいくつかの抗うつ薬と比較してSD発生率が低い20。総じて,SD発生率がプラセボと同じかプラセボより低いという多くのエビデンスがある
デュロキセチン ++ ++ 1件のメタ解析ではSD発生率は一部のSSRIやベンラファキシンと同程度であった20
levomilnacipran ? ++ ++ 他の抗うつ薬との比較試験が限られているため21,SDの相対頻度は明らかではない。RCTでプラセボと比較した場合に勃起不全と射精障害が認められている
MAOI ++ ++ ++ エビデンスが限られているが,報告されているSD発生率は20-42%である。セレギリンの経皮投与によるSD発生率はプラセボと同程度である
ミルタザピン ミルタザピンによるSDはSSRIと比較して少ない22
moclobemide SDのリスクは低いことが一貫して認められる
reboxetine SSRI/SNRIと比較してSDは少ないと考えられるが有効性が疑問視されている23
SSRI ++ ++ ++ エビデンスからは総じて,SD発生率はすべてのSSRIで相対的に高いことが示唆される(ただし報告されている発生率は薬剤により大きな幅がある)12。フルボキサミンでは無オーガズム症の発生率が低いと考えられる24
トラゾドン 症例研究では持続勃起症が報告されているがSDの報告は全体的に少ないようである。先行の症例報告では性欲増進が認められている
TCA ++ ++ ++ SDはクロミプラミン(特に無オーガズム症),アミトリプチリン,イミプラミンでよくみられる。第二級アミンのTCA(desipramine,ノルトリプチリン)では少ない
ベンラファキシン ++ ++ ++ SD発生率が高い。性欲,オーガズム,自発的勃起の増加の症例報告がいくつかある
vilazodone RCTにおけるSD発生率はおそらくcitalopramよりも低く,プラセボと同程度である。ただし,他の抗うつ薬と比較した場合の明確な利益は依然として明らかではない21
ボルチオキセチン 10mg/日以下の用量ではSD発生率はプラセボと同程度であると報告されている23, 25。ただし,他の抗うつ薬と比較した場合の明確な利益は依然として明らかではない21, 26

記号 :++:よくみられる,+:みられることがある,-:みられないか稀,?:不明/情報不十分
または性的欲求
性的興奮の容易さと,腟潤滑または勃起の達成
オーガズムおよびオーガズムによる満足感達成の容易さ

抗うつ薬による性機能障害は用量依存的であり12,概して完全に可逆的と思われる12。しかし,SSRI/SNRIを中断しても症状が継続する長期的性機能障害の報告が複数ある13。このような症状に対して「SSRI使用後性機能障害(post-SSRI sexual dysfunction:PSSD)」という用語が用いられている。PSSDの有病率および病態生理はまだ明らかにされていない14

抗うつ薬の性的な副作用のすべてが好ましくないとは限らない。クロミプラミン等のセロトニン作動性の抗うつ薬は早漏の治療に効果的であり6,パラフィリアに有益な可能性がある。短時間作用型SSRIのdapoxetineは早漏の治療に有効であり,この適応症で多くの国において承認されている6, 15。RCTのシステマティック・レビューでは,トラゾドンが「心因性勃起不全」の改善に有益であることが示された6

性的な副作用は,抗うつ薬の注意深い選択により最小限に抑えることができる。臨床試験における性的な副作用の評価は概して不十分であり,検証済みの質問票を使用するのではなく自発的報告に基づき,陽性対照を用いていない場合が多いことに注意する必要がある16。可能な限り,性的な副作用を検討する目的で,直接評価している研究から情報を取得した。抗うつ薬服用中に発生した性機能障害の管理戦略を表3.21にまとめた。1つの方法を「理想的な」アプローチとみなすことはできないため6,症例毎に個別の評価を行うことが推奨される。

表3.21 性的な副作用の管理

戦略 詳細
1.他に考えられる原因を除外する27
  • 抑うつ症状は性機能障害と関連している。抗うつ薬投与後の性機能を,うつ病発症前ではなく抗うつ薬投与前の性機能と比較する
  • 他に考えられる原因を検討する(例:アルコール/物質乱用,糖尿病,アテローム性動脈硬化,心疾患,中枢および末梢神経系疾患)。向精神薬以外の薬剤(例:利尿薬,β遮断薬),他の向精神薬(本著で別途要約)など,別の薬剤が関与している可能性もある
2.低リスクの抗うつ薬への切り替え23
  • 低リスクの抗うつ薬にはagomelatine,bupropion,ミルタザピン,vilazodone,ボルチオキセチン,moclobemide等がある12。このうちagomelatine,bupropion,ボルチオキセチンで,より良好な性的副作用プロファイルを支持する最良のエビデンスが得られている12
薬物療法以外の治療戦略
  • 自然寛解を待つ:広範に用いられているが,最も効果の低い方法である24。少数(5-10%)の患者は自然寛解に至ると考えられるが最長で4-6ヵ月かかる12。多くの患者にとって現実的ではないが,軽症の症例では検討してもよいかもしれない13
  • 減量:抗うつ薬で完全寛解が得られた患者で検討することができる6
  • 休薬:性的行為の予定に先立って間欠的に1回または2回服用をやめることで軽減される可能性があるが,中断症状のリスクを伴う12。fluoxetineは半減期が長いためこの戦略は有効ではない12。性的行為前の連続2日間,半分の用量に減量する戦略も可能であると考えられる24
薬物療法
  • ホスホジエステラーゼ阻害薬:シルデナフィルとタダラフィルは,いずれも抗うつ薬に関連した勃起不全の男性の性機能を改善することが示されている23, 28。女性でのエビデンスは限られているが1件のRCTで利益が認められている23
  • bupropion:女性では高用量(300mg/日)で有効と考えられる28。低用量では効果がないようである23。男性で肯定的な結果が得られたRCT29はその後撤回されている
  • ミルタザピン:エビデンスは相反している。非盲検試験では抗うつ薬に誘発されたSDに対する利益が示唆されたが,1件のRCTでは否定的な結果が得られた27
  • テストステロン経皮投与:RCTではSSRI/SNRI投与中に性欲を喪失した女性30,およびセロトニン作動性抗うつ薬を継続投与中のテストステロン低値または低値-正常値の男性31において,有効である可能性を示すエビデンスが得られている
  • その他12:その他多くの薬剤が検討されているが,有効性のエビデンスがほとんど,あるいは全く認められないものもある。buspironeは1件のcitalopramまたはパロキセチンに誘発された性機能障害に関する試験で有効性を示したが,もう1件のfluoxetineに誘発された性機能障害に関する試験では有効ではなかった。シプロヘプタジンはSSRIに誘発された性機能障害の男性および無オーガズム症の女性に用いられ成功したという症例報告がある。ロラタジンはSSRIに誘発された勃起不全の男性を対象とした1件の小規模非盲検試験で有効であった。アマンタジンはSSRIに誘発された性機能障害に関する先行研究で有効性を示したが,最近の試験では否定的な結果が得られている。yohimbineの方が薬剤誘発性SDに対する効果が大きい可能性があり,2件の小規模試験では(有意な結果は得られなかったものの)改善が患者により報告されている。ベタネコールを性的行為の前に服用するとTCAに誘発された性機能障害に効果があると考えられる。グラニセトロンは評価が行われているものの,既存のデータは確定的ではない。flibanserinおよびbremelanotideは閉経前女性の性的欲求低下障害(HSDD)に対する治療薬としてFDAに承認されているが32,抗うつ薬に誘発されたSDに対する使用を支持するデータはない
  • 治療抵抗性うつ病に対する増強療法に用いる薬剤:治療抵抗性うつ病に対する補助薬として用いられる薬剤に,二次解析で性機能改善に関連することが示されたものがある。アリピプラゾールは性機能および性欲を改善させるが,女性に限られる24ブレクスピプラゾールは1件の解析でわずかな改善との関連が示されている33pimavanserinはSSRI/SNRIに追加する薬剤として用いられ,別の解析で性機能の改善が示されている34

<編集協力者コメント>

うつ病,抗うつ薬のそれぞれで性機能障害が生じうるが,実際には直接質問しない限り,患者からの申告は稀である。患者自身が性機能障害を薬剤の影響と考えていないことも多く,注意が必要である。

(久保 馨彦)

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その他の参照文献

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