モーズレイ処方ガイドライン第14版(The Maudsley PrescribingGuidelines inPsychiatry 14thEdition)menu open

アルコール離脱せん妄─振戦せん妄

振戦せん妄は,アルコール離脱により入院した患者の約3-5%に認められるため,精神科リエゾンチームのメンバーが対応することになるであろう1 。振戦せん妄は,最後の飲酒時から約72時間後に発現する激越性せん妄である。けいれん発作またはせん妄の既往,カリウム低値,マグネシウム低値,ビタミンB1欠乏,全身性併存疾患のほか,アルコール離脱に対する不十分な治療も振戦せん妄を引き起こす要因となる。振戦せん妄は,死亡率が高く,他の原因によって生じるせん妄とは治療法が異なる(高用量のベンゾジアゼピン系薬剤を要し,抗精神病薬の使用には注意が必要)ため,判別することが重要である。

本書は処方ガイドラインであるが,振戦せん妄は医学的緊急事態であり,患者の観察を要することを強調しておきたい。患者は総合病院2 ,できれば高度治療室で1, 3,看護を受けるべきであるが,実際にはそのような体制を整えることが困難な可能性もある。適切に管理するには,精神科チーム,内科チーム,看護チームが連携し,電解質平衡異常,ビタミンB1欠乏,敗血症等,振戦せん妄の発症に寄与している身体的因子を特定して治療するとともに,心理社会的方法(刺激の少ない環境として控室を用意し,1対1の看護観察を行い,日時・場所・人を繰り返し教えて安心させる)および薬物療法により,行動障害を最小限に抑える必要がある。早い段階で集中治療室(ITU:Intensive Therapy Unit)のアウトリーチまたはオンコール担当に連絡しておき,患者が経口薬投与を受け付けず,高用量のベンゾジアゼピン系薬剤の非経口投与が必要となった場合に,速やかに対応を要請すべきである。

振戦せん妄の治療に関するエビデンスはわずかであり,ほとんどが1979年以前の研究によるものである1, 4。催眠鎮静薬(ジアゼパム,ペントバルビタールおよびparaldehyde)と抗精神病薬を比較したメタ解析では,神経弛緩薬を投与した患者の死亡のオッズが6倍高いことが明らかにされた4 。ロラゼパムの静注単独,フェノバルビタールとの併用またはデクスメデトミジンの追加投与を比較した最近の研究5 は,ICU環境下で実施されたため,一般病棟での治療にはあまり適用できない。

NICEガイドラインCG100(2017年に更新)では,総合病院での看護とロラゼパムの経口または静注投与を推奨しているが,それ以上の詳細はほとんど述べられていない2 。オーストラリアのニューサウスウェールズ州によるガイダンスでは,ジアゼパムを推奨しており,より詳細な記述がある(表4.7参照)。New England Journal of Medicine(NEJM)誌に掲載された最近のレビュー記事では,「せん妄が軽減するまで,ベンゾジアゼピン系薬剤を,軽く打とうとするが覚醒しうる状態が得られる程度に高用量で,できれば静注投与し,同時にバイタルサインをモニタリングする」よう勧めており,早期の無作為化比較試験(RCT)に基づいて,ロラゼパムおよびジアゼパムの投与プロトコルを一覧で示している1表4.7参照)。

上記のアプローチをまとめると要点は以下のようになる。

  • ジアゼパムまたはロラゼパムは,投与間隔を最長1時間として「負荷投与」式に集中的に投与する。
  • 高用量が許容される。
  • 抗精神病薬は使用しない。もしくはベンゾジアゼピン系薬剤を大量に投与しても無効な場合のみ使用する。

表4.7 振戦せん妄に対する詳細な投与スケジュール

ニューサウスウェールズ州のガイダンス3 NEJM,ジアゼパム1 NEJM,ロラゼパム1
レジメン1:
浅い鎮静を達成するまで,ジアゼパム20mgを1時間毎に経口投与
最大80mg
激越が持続する場合はオランザピン10mgを舌下投与
レジメン2:
ジアゼパムの経口投与ができない場合は,高度治療室でミダゾラム5mg/時間を静注後,2mg/時間に減量
ミダゾラム静注が不可能な場合は,代わりにロラゼパム2mgを用いてもよい
レジメン1:
ジアゼパム10-20mgを1-4時間毎に経口または静注投与
レジメン2:
ジアゼパム5mgをボーラス静注投与
その後10mgを10分間隔で2回ボーラス静注投与
その後,必要に応じて20mgをボーラス静注投与
その後,5-20mg/時間を静注投与
レジメン1:
ロラゼパム8mgを15分空けて(2回)経口,筋注または静注投与。3回目投与が必要な場合は,8mgを静注投与。鎮静を達成したら,10-30mg/時間で投与
レジメン2:
鎮静を達成するまでロラゼパム1-4mgを30-60分毎に,その後必要に応じて1時間毎に筋注投与
レジメン3:
ロラゼパム1-4mgを必要に応じて5-15分毎に静注投与

このように振戦せん妄に対しては,研究に基づく入手可能なエビデンスと,さらに詳細な行政のガイドラインにより,通常の急速鎮静や他のせん妄治療プロトコルとは異なる治療法が提唱されている。ITUチームにはこういった治療法を明確に伝えておく必要があるだろう。比較的低用量のベンゾジアゼピン系薬剤を用い,ハロペリドールを含める標準的な急速鎮静プロトコルに(安易に)従ってしまう可能性があるからである。

栄養不良は振戦せん妄の素因の1つとして知られているため,振戦せん妄がみられるすべての患者に治療量のビタミンB1(英国ではPabrinexとして)を静注投与すべきである。ビタミンB1投与および補液がしやすいよう,十分な鎮静を達成しておく必要がある。

臨床経験から,内科チームとITUチームには,まずニューサウスウェールズ州(NSW)レジメン1(経口ジアゼパムの負荷投与)またはNEJMレジメン2(ロラゼパムの筋注投与)が最も実施しやすいと思われる。NICEは,振戦せん妄における行動障害の管理にハロペリドールが使用できるとしているが,他のガイドラインはハロペリドールの心毒性とけいれん発作を誘発する傾向を考慮して注意を促している1, 2。NICEガイドライン,ニューサウスウェールズ州のガイダンスとも,ベンゾジアゼピン系薬剤に抵抗性の行動障害にはオランザピンを選択肢として提案している2, 3

慢性閉塞性肺疾患(COPD)をはじめとする呼吸器疾患が併存する患者にはベンゾジアゼピン系薬剤の負荷投与を行うべきではなく,このような患者では薬物療法による解毒が忍容できるよう,呼吸補助が必要となる可能性が高いため,ITUチームの早期の関与が決定的に重要である。特に患者が喫煙者で呼吸器疾患が潜在している可能性がある場合は注意し,呼吸数(RR)および酸素分圧をモニタリングすべきである。ベンゾジアゼピン系薬剤に対する解毒として,「必要時には」フルマゼニルを処方することを勧める。

(櫻井 準)

参照文献
  1. Schuckit MA. Recognition and management of withdrawal delirium (delirium tremens). N Engl J Med 2014; 371:2109–2113.
  2. National Institute for Health and Clinical Excellence. Alcohol-use disorders: physical complications. Clinical Guidance [CG100]. 2010 (lastupdated April 2017); https://www.nice.org.uk/guidance/cg100.
  3. NSW Government. Drug and alcohol withdrawal clinical practice guidelines. 2008; https://www1.health.nsw.gov.au/pds/ActivePDSDocuments/GL2008_011.pdf.
  4. Mayo-Smith MF, et al. Management of alcohol withdrawal delirium. An evidence-based practice guideline. Arch Intern Med 2004;164:1405–1412.
  5. Nguyen TA, et al. Phenobarbital and symptom-triggered lorazepam versus lorazepam alone for severe alcohol withdrawal in the intensive care unit. Alcohol 2020; 82:23–27.