向精神薬とシトクロム(CYP)機能
薬剤が CYP 機能に及ぼす影響に関する情報は,規制に従って行われた治験や臨床上での使用では相互作用が検出しきれていない可能性のある疑わしい相互作用の予測や確認に役立つ(「第一原理」からの予測と呼ばれることがある)。本質的に「第一原理」の活用とは,薬物動態の情報を理解,解釈し,in vivoで2剤以上を併用した場合の正味の影響を予測することを意味する。
併用療法がCYP機能に及ぼす影響とは別に,特定の薬剤の代謝における個人差には,一部の酵素経路(例:CYP2D6,CYP2C9,CYP2C19酵素)に関連する遺伝子多型も関与すると考えられる。
一部の薬剤は複数の酵素によって代謝され,ある酵素経路が阻害されても,別の経路が補う可能性があるため,遺伝子多型や薬物動態学的相互作用の影響を予測することは難しい。
また,CYP機能のみならず他の機序も考慮しなければならない。P糖蛋白(P-gp)は腸壁に存在する薬物トランスポーター蛋白である。P-gpは,腸壁を通って拡散(受動的プロセス)する薬物を排出(能動的プロセス)する。P-gpは精巣や血液脳関門にも存在する。P-gpを阻害する薬剤は,P-gpの基質となる薬剤の取り込みを増加させ,P-gpを誘導する薬剤は,こうした薬剤の取り込みを低下させると予測される。CYP3A4の基質となる薬剤の多くは,P-gpの基質でもあることが明らかにされている。
UDP-グルクロノシルトランスフェラーゼ(UGT)は第2相(抱合)反応を担う酵素である。バルプロ酸はUGTを強力に阻害するため,主にUGTによって代謝されるラモトリギンと相互作用を起こす。UGT酵素はlumateperone,オランザピン,トピラマート,trifluoperazineの代謝にも関与する。
以降の表において,太字で強調した薬剤は以下に該当する。
- 主な代謝酵素の経路,または
- 主な酵素活性(阻害または誘導)
アスタリスク(*)を付した薬剤は以下に該当する。
- マイナーな代謝酵素の経路または酵素活性であることが知られている(臨床的意義は示されていない)。
通常表示の(太字でなく,アスタリスクも付されていない)薬剤は以下に該当する。
- その代謝酵素の経路または酵素活性について,意義が不明確であるか不明である。
注:CYP機能に関する情報は各製品概要(SPC)と米国の添付文書(2020年8月に入手),および最近のシステマティック・レビュー1から得たものである。
表では,向精神薬以外の薬剤がCYP機能に与える作用については記載していない。
CYP1A2
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
agomelatine アミトリプチリン* アセナピン bupropion* カフェイン クロルプロマジン クロミプラミン* クロザピン デュロキセチン フルフェナジン フルボキサミン イミプラミン* メラトニン ミルタザピン* オランザピン ペルフェナジン ?ピモジド* ラメルテオン ゾルピデム* |
フルボキサミン moclobemide ペルフェナジン |
「バルビツール酸系薬剤」 カルバマゼピン モダフィニル* フェノバルビタール フェニトイン |
CYP2A6
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
bupropion* カフェイン ニコチン |
tranylcypromine | フェノバルビタール |
CYP2B6
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
bupropion メサドン* ニコチン セルトラリン* |
fluoxetine* フルボキサミン メマンチン パロキセチン* セルトラリン* |
カルバマゼピン* モダフィニル* フェノバルビタール フェニトイン |
CYP2B7
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
ブプレノルフィン* | 知られていない | 知られていない |
CYP2C8
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
ゾピクロン* | 知られていない | 知られていない |
CYP2C9
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
agomelatine* アミトリプチリン bupropion* fluoxetine* ラモトリギン フェノバルビタール フェニトイン セルトラリン* バルプロ酸 |
fluoxetine* フルボキサミン モダフィニル バルプロ酸 |
カルバマゼピン セントジョンズワート |
CYP2C19
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
agomelatine* アミトリプチリン カルバマゼピン* citalopram クロミプラミン* ジアゼパム エスシタロプラム fluoxetine* イミプラミン* ?メラトニン ?メサドン moclobemide フェニトイン セルトラリン* スボレキサント トリミプラミン* |
エスシタロプラム* フルボキサミン moclobemide モダフィニル トピラマート |
カルバマゼピン セントジョンズワート |
CYP2D6
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
アミトリプチリン 「アンフェタミン系薬剤」 アトモキセチン アリピプラゾール ブレクスピプラゾール cariprazine クロルプロマジン citalopram クロミプラミン クロザピン* deutetrabenazine ドネペジル* デュロキセチン エスシタロプラム fluoxetine フルボキサミン フルフェナジン ガランタミン ハロペリドール iloperidone イミプラミン メサドン* ミアンセリン ミルタザピン* moclobemide ノルトリプチリン オランザピン パロキセチン ペルフェナジン ピモジド* クエチアピン* リスペリドン セルトラリン トラゾドン* トリミプラミン valbenazine ベンラファキシン ボルチオキセチン zuclopenthixol |
アミトリプチリン アセナピン bupropion クロルプロマジン citalopram* クロミプラミン クロザピン デュロキセチン エスシタロプラム fluoxetine フルフェナジン フルボキサミン* ハロペリドール レボメプロマジン メサドン* moclobemide パロキセチン ペルフェナジン reboxetine* リスペリドン セルトラリン ベンラファキシン* |
知られていない |
CYP2E1
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
bupropion エタノール |
ジスルフィラム paracetamol(アセトアミノフェン) |
エタノール |
CYP3A4
基質 | 阻害薬 | 誘導薬 |
alfentanyl アルプラゾラム アミトリプチリン アリピプラゾール ブレクスピプラゾール ブプレノルフィン bupropion* buspirone カルバマゼピン cariprazine クロルプロマジン citalopram クロミプラミン* クロナゼパム クロザピン* ジアゼパム ドネペジル ドスレピン エスシタロプラム* フェンタニル fluoxetine* ガランタミン ハロペリドール イミプラミン レンボレキサント ルラシドン メサドン ミダゾラム ミルタザピン モダフィニル ニトラゼパム ペルフェナジン pimavanserin ピモジド クエチアピン reboxetine リスペリドン* sertindole セルトラリン* スボレキサント トラゾドン トリミプラミン* valbenazine ベンラファキシン vilazodone zaleplon ziprasidone ゾルピデム ゾピクロン |
fluoxetine フルボキサミン パロキセチン ペルフェナジン reboxetine* |
アセナピン? カルバマゼピン モダフィニル フェノバルビタール「およびおそらくその他のバルビツール酸系薬剤」 フェニトイン セントジョンズワート トピラマート |
(吉田 和生)
参照文献
- Schoretsanitis G, et al. TDM in psychiatry and neurology: a comprehensive summary of the consensus guidelines for therapeutic drug monitoring in neuropsychopharmacology, update 2017; a tool for clinicians. World J Biol Psychiatry 2018; 19:162–174.