モーズレイ処方ガイドライン第14版(The Maudsley PrescribingGuidelines inPsychiatry 14thEdition)menu open

Chapter 6 Prescribing in older people高齢者における処方

一般原則

高齢者では,ほとんどの薬剤の薬物動態と薬力学が大きく変化する。有効性を保ちながら副作用を最小限に抑えるためには,薬剤の動態や作用に関するこうした変化を考慮に入れる必要がある。高齢者は様々な併存疾患を抱えていることが多く,複数の薬剤が治療に必要な場合もある。そのため一般的に,薬物相互作用による問題や薬剤誘発性の問題が生じる可能性が高い1。副作用の発現率は,すべての薬剤で若年者より高齢者の方が高いと考えるのが妥当である。

薬剤が高齢者の身体に及ぼす影響(薬力学的変化)

加齢に伴い,血圧や体温調節等の反射作用の制御が低下する一方で,受容体の感受性は高くなる可能性がある。この結果,副作用の発現率が上昇し,重症化しやすくなる。例えば,腸管運動を抑制する薬剤(例:抗コリン薬,オピオイド)では便秘,血圧に作用する薬剤[例:三環系抗うつ薬(TCA),利尿薬]では転倒が起こりやすくなる。高齢者はベンゾジアゼピン系薬剤やオピオイド等の中枢神経(CNS)作用薬に過剰な反応を示す。原因の一部には加齢に伴うCNS機能の低下や,このような薬剤に対する薬力学的感受性の亢進がある2。一方で治療反応が遅延する場合もあり,例えば高齢者は一般成人よりも抗うつ薬に対する反応に時間がかかることがある3

また,高齢者では一部の薬剤による重篤な副作用が生じる可能性が高くなる場合もある。例えば,クロザピンによる無顆粒球症4 や好中球減少症5, 抗精神病薬による脳卒中6,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)による出血等である。

加齢が薬物療法に及ぼす影響(薬物動態の変化)7

吸収

加齢とともに腸の運動性は低下し,胃酸の分泌も減少する。その結果,薬物の吸収に時間がかかり,作用発現が遅くなる。吸収される薬物の総量は一般成人と変わらないが,その速度が遅くなる。

分布

高齢者は一般成人に比べて,体脂肪が多く,体内水分量やアルブミンが少ない。そのため,一部の脂溶性薬剤(例:ジアゼパム)では分布容積が増加し,作用持続時間が長くなる。また薬剤によっては作用部位での薬物濃度が高くなったり(例:ジゴキシン),アルブミン結合量が減少したりする(活性を持つ「遊離薬物」の量が増加する。例:ワルファリン,フェニトイン)。

代謝

大半の薬剤は肝臓で代謝される。高齢者では肝臓の大きさが減少するが,肝疾患や肝血流量の大幅な減少がなければ,代謝能が大きく低下することはない。薬物動態学的相互作用の程度が変化する可能性は低いが,こうした相互作用による薬力学的な影響が増幅される可能性がある。

排泄

腎機能は年齢とともに衰え,65歳までに腎機能の35%,80歳までに50%が失われる。

心疾患,糖尿病,高血圧等の身体疾患が併存する場合は,さらに多くの機能が失われる。高齢者は筋量が低下しており,クレアチニン産生量が少ないため,血清クレアチニンや尿素を測定しても判断を誤るおそれがある。このため,腎機能の指標として推算糸球体濾過量(eGFR)8 を用いることが,高齢者では特に重要である。高齢者の腎機能は正常レベルの2/3以下と想定すべきである。

ほとんどの薬剤は,(代謝を受けた後に)最終的に腎から排泄される。しかし,そもそも生体内変化を受けにくい薬剤があり,なかでもリチウムおよびスルピリドは重要な例である。高齢者では,主に腎排泄される薬剤が体内に蓄積し,毒性や副作用が生じることがある。このような場合には減量が必要となる(腎不全および向精神薬に関する項を参照)。

薬物相互作用

一部の薬剤は治療域が狭い(わずかな増量で毒性が生じたり,わずかな減量で治療効果が失われたりする可能性がある)。このような薬剤のうち,特に処方されることが多いのはジゴキシン,ワルファリン,テオフィリン,フェニトイン,リチウムである。高齢者ではこれらの薬剤の薬物動態が変化し,他の薬剤と相互作用が起こる可能性が高くなるため,毒性が生じたり,治療効果が得られなかったりする可能性が高くなる。これらの薬剤でも安全に使用できるが,特に注意を払わねばならず,可能であれば血中濃度を測定すべきである。

一部の薬剤は,肝代謝酵素を阻害または誘導する作用を持つ。重要な例として一部のSSRI,エリスロマイシン,カルバマゼピン等がある。これらの作用は,他の薬剤の代謝に影響を与える可能性がある。薬物相互作用の多くはこの機序によって生じる。個々の相互作用とその結果については,オンラインの英国医療用医薬品集(BNF)に詳細に記載されている9。薬理学の十分な知識があれば,ほとんどの相互作用は予測可能である。

高齢者における薬剤関連リスクの軽減

以下に示す原則を守ることで,薬剤に関連した罹患や死亡を軽減できる。

  • 絶対に必要な場合にのみ薬剤を使用する。
  • アドレナリンα1受容体遮断薬,抗コリン作用による副作用の可能性がある薬剤,鎮静作用の強い薬剤,半減期が長い薬剤,肝代謝酵素阻害作用の強い薬剤はなるべく使用しない。
  • 少量から開始し,徐々に増量する。ただし,過少投与にならないようにする。薬剤によっては,成人用量を全量投与する必要がある。
  • 薬剤の副作用を別の薬剤で治療しようとしない。より忍容性の高い代替薬を探る。
  • 常にシンプルな治療を心がけ,投薬はなるべく1日1回にする。

食事に混ぜての薬剤投与10-12

患者は,最善と思われる薬物療法に対しても,拒否することがある。英国では,患者に精神疾患がある場合または意思決定能力がある場合は,精神衛生法(MHA)を適用すべきであるが,意思決定能力がない場合は,この方法は望ましくないことがある。認知症の高齢患者であっても,集学的チーム(MDT:multidisciplinary team)や患者の親族と十分に話し合わずに秘密裏に投薬してはならない。話し合いの結果は,患者の診療録に明記しておく必要がある。秘密裏の投薬は,患者の苦しみを軽減するという明確な目的がある場合にのみ行われるべきである(詳細は,本Chapterの「食事や飲み物を利用した秘密裏の投薬」の項を参照のこと)。

高齢者に対する向精神薬の投与量について は,本 Chapter の「高齢者によく使用される 向精神薬の用量の手引き」の項を参照されたい。


<編集協力者コメント>
本邦において,高齢者の使用用量について添付文書上,明確に用量の記載があるものは少なくない(例:エスゾピクロン,スボレキサント,フルニトラゼパム,ミルナシプラン等)ため,それぞれの添付文書を確認したうえでの用量設定が望ましい。

(多田光宏)

参照文献
  1. Royal College of Physicians. Medication for older people. Summary and recommendations of a report of a working party of The Royal College of Physicians. J R Coll Physicians Lond 1997; 31:254-257.
  2. Bowie MW et al. Pharmacodynamics in older adults: a review. Am J Geriatr Pharmacother 2007; 5:263-303.
  3. Baldwin R et al. Management of depression in later life. Adv Psychiatr Treat 2004; 10:131-139.
  4. Munro J et al. Active monitoring of 12,760 clozapine recipients in the UK and Ireland. Beyond pharmacovigilance. Br J Psychiatry 1999; 175:576-580.
  5. O'Connor DW et al. The safety and tolerability of clozapine in aged patients: a retrospective clinical file review. World J Biol Psychiatry 2010; 11:788-791.
  6. Douglas IJ et al. Exposure to antipsychotics and risk of stroke: self controlled case series study. BMJ 2008; 337:a1227.
  7. Mayersohn M. Special pharmacokinetic considerations in the elderly. In: Evans W, Schentage J, Jusko J, eds. Applied Pharmacokinetics: Principles of Therapeutic Drug Monitoring . Vancouver, WA: Applied Therapeutics Inc; 1992.
  8. Morriss R et al. Lithium and eGFR: a new routinely available tool for the prevention of chronic kidney disease. Br J Psychiatry 2008; 193:93-95.
  9. National Institute for Health and Care Excellence. British National Formulary (BNF). 2020; https://bnf.nice.org.uk
  10. Royal College of Psychiatrists. College statement on covert administration of medicines.Psychiatric Bulletin 2004; 28:385-386.
  11. Haw C, et al. Administration of medicines in food and drink: a study of older inpatients with severe mental illness. Int Psychogeriatr 2010;22:409-416.
  12. Haw C, et al. Covert administration of medication to older adults: a review of the literature and published studies. J Psychiatr Ment Health Nurs 2010; 17:761-768.